王谷晶さん「ババヤガの夜」どんな本? 日本作品初、英ダガー賞を受賞したシスターバイオレンス小説

『ババヤガ』は暴力を唯一の趣味とする女性、新道依子が主人公のシスターハードボイルド小説です。
依子が服を脱ぎ捨てれば、あらわになった乳房よりも見事に割れた腹筋が威容を見せる。その腕っぷしの強さを買われて、暴力団会長の令嬢の護衛をすることになり、裏社会の男性たちと対峙(たいじ)していく。
だが、一筋縄にはいかない。私も力が強かったら 王谷晶さんが「ババヤガの夜」でかなえた願い
王谷さんは「ハフポスト日本版」のインタビューで「『闘う』ための動機が内から湧き出ている女性を描きたかった」と語っています。
肉体的な強さを持つ女性を主人公にした小説を、という構想はずっとありました。犯罪モノの小説や映画の女性キャラクターは、被害者の立場で描かれることが圧倒的に多いですよね。(中略)女性が力を振るうには世間が納得できる理由をいちいち持ってこないといけない。そういうのは、もういいんじゃないでしょうか。
めちゃくちゃ強くって、純粋なエネルギーの塊のような主人公って、少年マンガでは定番ですよね。でもそういう女性のヒーローはまだまだ少ない。だからこそ、そういう女性を描いてみたかった「強くてエネルギーの塊のような主人公を」作家・王谷晶が描く“シスターフッド小説”の最前線
翻訳家・文芸評論家の鴻巣友季子さんは、「好書好日」に連載中のコラム「鴻巣友季子の文学潮流」特別編で、その魅力を以下のように解説しています。
注目点の一つは、女性同士の深い関係を描いた点だ。『ババヤガの夜』は「クィア・ロマンス」とも呼ばれるが、同性の性愛に焦点を当てるのではなくいわゆる「魂の伴侶(ソウルメイト)」を描いている。映画で言えば、「お嬢さん」「キャロル」「テルマ&ルイーズ」などを好む層も惹きつけているようだ。
もう一つは、際立った映像喚起力だろう。昨今、日本のマンガの英米での影響力は絶大で、書店でも必ず店内の大きな一画を占めている。英米の読者が本作に「マンガっぽさ」を感じるのはわかる。しかしこの喚起力は王谷およびサム・ベットのストイックな文体のなせる業だろう。ダガー賞翻訳部門受賞、王谷晶「ババヤガの夜」と日本小説ブーム 鴻巣友季子の文学潮流・特別編
英国推理作家協会(CWA)は2025年7月3日夜(日本時間4日朝)、優れた犯罪小説やミステリー小説に贈るCWA賞(ダガー賞)の翻訳部門に、「ババヤガの夜」の英訳版「The Night of Baba Yaga」(サム・ベットさん訳)を選んだと発表しました。日本作品として初めての受賞となる快挙です。
受賞理由は「まるで漫画のように、日本のヤクザの暮らしを生々しく描写したこの作品は容赦なく暴力的だが、そこには、異世界に身を投げ出された登場人物の深い人間性を浮き彫りにするというただ一つの狙いがある」「無駄がなく骨太な物語は独創性を帯びて輝き、壮大でありながらも風変わりなラブストーリーが紡がれている」などとされた。英ダガー賞に王谷晶さんの「ババヤガの夜」 翻訳部門、日本作品で初
受賞から一夜明けたオンライン会見で、王谷さんは「バイオレンスアクションであること、日本が舞台であること、加えて、主人公が女性で、女性同士の物語ということ」がインパクトが強かったと分析しました。
漫画のようとか映画のようという評は結構いただくが、「ババヤガの夜」はテキストでアクションをやりたいということがまず最初にあった。テキストでありながら漫画や映画という動きのある表現手段のことを思い浮かべていただき、成功したな、自分の思うところがやれたなという気持ち。すごくうれしい。「テキストでアクション、成功したな」 ダガー賞の王谷さん一問一答
ダガー賞は1955年に創設され、アメリカのエドガー賞と並び、世界で最も知られたミステリー文学賞。1年間にイギリスで刊行された英語作品が対象で、最優秀長編に贈られるゴールド・ダガー賞など、多くの部門があります。2006年から翻訳部門が独立しました。
過去には横山秀夫さん、東野圭吾さん、伊坂幸太郎さんの作品が候補になったこともありました。2025年は王谷さんの作品とともに、柚木麻子さんの「BUTTER」(ポリー・バートンさん英訳)もノミネートされ、2作は僅差だったとのことです。
王谷晶さんは1981年、東京生まれ。2018年にシスターフッド(女性同士の連帯)をテーマに書かれた短編集『完璧じゃないあたしたち』で注目され、2020年刊行の『ババヤガの夜』が日本推理作家協会賞の長編部門にノミネート。その他の著書に『君の六月は凍る』、エッセイ集『カラダは私の何なんだ?』『40歳だけど大人になりたい』などがあります。