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法哲学者の森村進さん、若い世代向けに新書 幸福とは、豊富な例で思考実験

森村進・一橋大教授=東京都国立市、山本友来撮影

 人気絶頂の30歳で亡くなった女優と、平凡でも80歳の穏やかな人生を全うした男性。どちらが幸せか――。様々な事例をもとに幸福という大きな主題を考える『幸福とは何か』(ちくまプリマー新書)を法哲学者の森村進・一橋大学教授が出した。森村氏は人生の岐路に立つ若い世代に、自ら考える面白さを感じてほしいと話す。
 冒頭の30歳と80歳。例えば1年ごとに区切って幸福度を測り、足し合わせた生涯の「総量」では80歳男性が多くなる。生涯全体の「平均値」では30歳の女優の方が上回る。どちらが幸福か、答えを出すのは難しいと森村氏はみる。
 森村氏によると英語圏では1980年代以降、「幸福とは何か」を論じる機運が高まった。英国の哲学者、デレク・パーフィットの論点整理がきっかけだという。
 パーフィットが整理したのは、(1)幸福とはおいしい料理を食べるなど心地よい心理状態だ(快楽説)(2)本人の欲求が満たされることこそが幸福だ(欲求実現説)(3)幸福を構成する要素は健康や高い知性・感性、充実した人間関係など、本人の快楽や欲求と関係なく複数ある(客観的リスト説)、の三つの説。森村氏は「(3)に説得力を感じるが、押し付けるつもりはない。読者自ら考えてほしい」。
 「幸福」をめぐる議論は、古くて新しい。古代ギリシャのプラトンやアリストテレスに始まり、18世紀の英国ではベンサムが「最大多数の最大幸福」を掲げた。より多くの国民が幸せで苦痛が少なくなるような立法や政治を求めたベンサムらの功利主義は、現代の民主主義や資本主義に大きな影響を与えた。
 森村氏の新書の副題は「思考実験で学ぶ倫理学入門」。思考実験といえば、米国の哲学者、ノージックの「経験機械」が有名。人間の脳に電極をつなぎ、本人が望むことを脳内で体験できるなら、人はそれを選ぶのかという問いだ。森村氏はそんな思考実験に、自作の例や練習問題も加え、哲学的思考の入門書の役割も持たせた。
 森村氏は、「自由至上主義」と訳されるリバタリアニズム研究の第一人者で、個人の自由を最大限尊重する立場だ。ならば、幸福も個人の価値観で自由に追求すればいいのでは。そう問うと「それはその通りだが、各人が自分の考えを無反省に信じるのでなく、古今東西の議論や幸福観を比較し、自らが進む道を選べば、より豊かな生き方に近づく」と答えた。
 10~20代は「幸福」を受験や就職など目の前の課題の成否で測りがち。森村氏は「幸福とは何かという感覚を研ぎ澄ます哲学的な議論に参加し、進むべき道を自ら選んでほしい」と話している。(大内悟史)=朝日新聞2018年9月29日掲載