ISBN: 9784845917150
発売⽇: 2018/08/25
サイズ: 21cm/498,12p
ならず者たちのギャラリー 誰が「名画」をつくりだしたのか [著]フィリップ・フック
いきなり「ならず者」とは穏やかでない。だが、新印象派を代表する画家スーラの没後初の大規模な展覧会を実現した画商フェネオンが、元テロリストだったと知ったらどうだろう。この画商は6人もの犠牲者を出す爆破事件に手を貸した前歴を持つだけでなく、みずから爆弾を仕掛けたこともある。導火線は巧みにもヒヤシンスの花の茎で隠されていた。
フェネオンだけではない。歴史に名を残す画商になるのに、王道などまったくないようなのだ。美術史家や美術館の学芸員を目指す者にとって、大学で専門の学問を修めることは欠かせない。だが、本書に登場する画商たちは、ある者は元美容師、またある者は仕立屋、さらに別の者はスパイを兼業していた。しかも、そこで身につけた社交術や人間観が、のちの画商としての成功に少なからず影を落としている。画家マティスは、自分の絵の有望な買い手を前にしても「黙秘」を続け、ようやく口を開いたと思えば「買わないようにと強くすすめた」というフェネオンについて、驚愕したという。
美術の歴史について語るとき、美術史家や評論家ほどには画商の名が重視されてこなかったのは、こうした「悪名」ゆえかもしれない。だが、絵とは売り買いされるものだ。実際、世間で絵のことが話題になるとき、人はまず、その値段について大騒ぎする。
それに、どんな名画も、誰かが誰かの手に渡る媒介をしなかったら、歴史に残っているはずがない。画商は時に戦争をもくぐり抜け、絵をしかるべき値段でしかるべき場所に届けた。どこの馬の骨ともわからない画家の才能にいち早く目をつけ、そのための資金繰りに奔走した。美術館はそんな危険を冒さない。多少の儲けは懐に入れたとしても、美術史において画商が想像以上に大きな役割をしてきたことは明らかだ。
「自動車工からギャラリストへ」転身したギヨームに至っては、画家モディリアーニの作風にまで影響を与えていた。アフリカ美術に深い関心を持っていたこの画商は説得のうえ、もとは彫刻を手がけていたモディリアーニに絵を描くよう働きかけたという説もある。少なくとも、のちの歴史的な成功を見ることなく悲劇的な最期を遂げた画家が、今では広く知られた作風を維持するため、この画商が励まし続けたことはまちがいない。本書の表紙を飾るモディリアーニが描いたギヨームの肖像画にも、その一端はうかがえる。
ダ・ヴィンチからベラスケス、モネからダリまで綺羅星のごとく並ぶ巻頭21点のカラー図版も、画商と名画とがいかに深く、まるで情事のごとく関わってきたかを如実に示してナヤマシイ。
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Philip Hook オークション会社サザビーズ取締役。40年以上にわたり美術市場に携わる。邦訳された著書に『印象派はこうして世界を征服した』『サザビーズで朝食を』など。