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ソ連への萌え止まず『いまさらですがソ連邦』刊行 不思議な超大国をまるごと紹介

文:ハコオトコ、写真:斉藤順子

凄まじい矛盾と両極端を抱えた国

――今回、本書のテキストを担当した津久田重吾さんは、元ソ連軍人のキャラクターも活躍する漫画「BLACK LAGOON(著:広江礼威、発行:小学館)など漫画やアニメ、映画でミリタリーの考証や監修を手掛けてきました。イラストと手書きの文章を担当した速水螺旋人さんもソ連軍やスラブ地域の伝承をモチーフにした漫画を多く描いています。長年ソ連に萌えまくって情報発信してきた2人ですが、なぜはまっていったのですか。

津久田 そもそも僕のソ連趣味は崩壊前から約30年間続いてます。速水さんも昔からコミックマーケットでソ連のミリタリーを扱うサークルが出していた会報を買っていました。つまらない国なんて世の中にないのでしょうが、特にソ連は僕らにとって突き抜けて面白かった。住みたくはないけれど親しみがわいてくる国なんです。 

速水 調べれば調べるほど分からなくなってくるのがソ連です。ものすごい矛盾と両極端を抱えてながら何十年ももった。ゴリゴリの管理体制だったはずなのにユルユルな部分もある。70年代にはなぜか米国製のジーパンをソ連市民は欲しがったんですよ。革命でできた社会主義国なので資本主義に対するオルタナティブ(代替)を目指したのですが、理想だけではダメで約70年間四苦八苦した。超大国として米国とタメを張って新しい文明を作ろうとしていたのです。

 その文明は失敗しましたが、(存続した西側の日本でも)ブラック企業などの社会問題は噴出してます。ソ連ではみんなが粗末でも別荘を持てたり、酔っぱらって職場に行っても大丈夫だったりといった面もあった。それはそれでちょっと幸せだったのかもと思えるのも面白い。 

――そういったリアルなソ連像が今の日本の若者ではイメージしにくくなっている一方、アニメやゲームでロシア・ソ連系のキャラや兵器は増えているようです。テレビアニメ「ガールズ&パンツァー(ガルパン)」で登場するソ連戦車や、スマートフォンゲーム「Fate/Grand Order」の「アナスタシア」などが人気です。なぜでしょうか。

速水 1990年代には漫画「らんま1/2」に登場するシャンプーなど中国系キャラが多かったのですが、今の同じ立ち位置がロシアですね。代わりに中国系は減りました。中国が発展しすぎてしまい、愛され中国じゃなくなったんでしょうね。逆にロシアは程よく発展して親しみがわいてきたし、適度にエキゾチックでもある。でも、ロシアキャラといってもみんなが必ずしもリアルではない。西洋人っぽくてロシア系らしい名前というだけというのも多いです。あと、昔と比べて女の子キャラ一辺倒になった気配がある。

博物館で軍人に捕まり大喜び!?

――本著のイラストでもスターリンら指導者や兵器と並んで当時の服装のソ連少女が登場しますが、こちらは帽子や袖の細部までリアルです。当時の建物やお酒、テレビなどの写真も多いです。2人とも女の子や兵器だけでなく文化や風俗などソ連に丸ごと萌えている気がします。

津久田 なぜソ連が好きかよく聞かれますが、「ガンダムがある世界でジオン(公国)に行けたんだぞ!」ってことです。まさに憧れの“架空の国”に冷戦当時は入ることができた。

 実際、同人誌を書くためだけに90年ごろモスクワに行ったことがあります。現地の中央軍事博物館に行きたかったのですが、モスクワの地図は軍事機密だったので日本ではなかなか手に入らず、神田にあったソ連の書籍を集めている書店で博物館の住所を突き止めました。博物館の屋外は撮影可だったのですが、屋内は禁止されているのを知らず写真を撮っていると海軍の中佐につまみ出されたこともあります。ソ連でならこうしたハプニングさえポジティブに捉えられちゃう。本物の軍人に捕まることができて面白かったです

速水 私はソ連時代に現地に行けてないのでうらやましい。当時はよく爆発するテレビなんかもあったんですよ。我々は冷戦中の危なくて暗いソ連のイメージを刷り込まれていたのが逆に良かったのかもしれません。「(博物館で)捕まったぜ、やったー!」みたいに思える。

――2人のソ連熱は全く衰えていませんが、それにしてもなぜ今、ソ連なのでしょうか。

津久田 ソ連崩壊から約30年経ち、日本人が抱くステレオタイプも変わりました。(崩壊前の)当初のイメージは買い物の行列、製品がすぐ壊れるとか具体的でした。今では時期が経ってどんどん抽象化してきている。この本を書く上で、僕たちが実体験としてソ連をよく知っている最後の世代かもしれないと思ったのです。

 一方でかつて(冷戦下の)日本社会ではソ連を肯定的に捉えること自体が許されませんでした。当時から僕たちはずっと共産主義国の軍隊が好きでした。しかし冷戦当時、軍服や兵器に興味があるのはウヨクっぽく、ソ連に興味あると言うと共産主義だからサヨクのイメージ。では両方好きな僕たちは何なのかって思ってましたが、今はむしろソ連を気楽に捉えて楽しんでもいい時代になったと言えるのではないでしょうか。

北朝鮮にもソ連にも面白い人はいる

――確かにソ連、冷戦と聞くと政治や軍事の難しいテーマと構えてしまいます。本著でもソ連崩壊や奇怪な官僚機構、兵器について解説しています。一方で奇妙なデザインの工業製品や食べ物、「庶民の休日の過ごし方」や「オカルトが実はブーム」など具体的で親しみのわく項目も多いですね。

津久田 本書はクレムリンよりも巨大な黒パンを針の先でひっかくように、浅く広く書いた本です。ただ、なるべく新しい資料よりソ連時代の出版物に当たろうとしました。ソ連は対外的に嘘ばかりついていたとみられがちですが、そうでもない。ある程度真実を混ぜないと駄目だったからです。

 逆に、(日本で)安全保障の切り口でソ連やロシアを見ている人は現地のファッションや食べ物に興味がないし、ソ連時代の庶民の生活について彼らの書いた本もいい加減な物が多い。それが気に入らなかった。知らなくていい訳じゃないのです。例えば(情報機関で怖い印象の強い)KGBが庶民から信頼されていたとは当時の本には書かれてなかった。ゴルバチョフが西側で人気なのに現地で逆だったのは国民を食べさせることができなかったから。プロが人工衛星から見るのなら僕らは広大なソ連に歩いて入るのです。

 北朝鮮の人だって恋もすればお祝いもするでしょう。でも彼らがどんなコメディ番組を見るかといった情報は入ってこない。鉄道や切手のマニアだっているはずです。だってソ連にはいたのだから。マスゲームとかしてて怖く見える北朝鮮だって国民レベルでは面白い人がいっぱいいるはず。そういう視点でソ連を切り取りました。僕らは民間人、好奇心しか武器はないのですから。どこの国にもオタクはいるしそれを止めることはできない。

――確かに本書にあるパイロット用スーツのイラストや当時のポスター写真を見ても、奇妙だけれどかっこいいソ連デザインのオタクになってしまう気持ちがよくわかります。

速水 デザインとは制約からできるものです。彼らなりの合理性があった。加えてソ連は地下で本物のサブカルチャーが発達した国です。(使用済みのレントゲンのフィルムで作り西側諸国の楽曲を録音した海賊盤の)「肋骨レコード」など、西側ではあり得ないものでした。日本でソ連のイメージの抽象化が進むと、こうした当たり前の庶民の生活の話が抜けていってしまう。でもそこが面白いんじゃないかと思います。「これだけ面白いんだから面白がって!」と言いたい。

津久田 ソ連には彼らなりのデザインのルールがあったんです。西側こそ間違っていると。ソ連邦の中で(文化が)完結している面も大きかったと思います。日本も米国もどこかの国の流行が入ってくるが、ソ連はそういった潮流から外れて独自の進化を遂げた。兵器も日用品も何でこうなったという形が多いのが面白い。映像作品もそうです。当時のある子供向け番組で魔女が樽に入って空を飛ぶシーンがあったのですが、特撮でなく本当に(樽を)吊って演出してました。一方で、ソ連製品に付いている「品質保証マーク」は何も保証していないんですけどね。例えばソ連のエレベーターはピタッと止まらない。だいぶ空いたスキマをまたぐことになる。

「庶民の好奇心をなめるな」

――最後に、北方領土問題でプーチンが異例の提案をするなど日ロ関係は決して良好と言い切れない状況です。ソ連もロシアもよく知らない人にどう興味を持ってもらいたいですか。

速水 深くても浅くても、女の子やメカから入っても全然いいと思います。でも一方でミクロな想像力を働かせてほしい。同人誌的なカップリング妄想でもいい。(現地人の)パンツの柄でもご飯のおかずでもいい。一歩踏み込むのがいいんです。この本がとっかかりになればと思います。

 (国の)上で仲が悪くなっても、下が付き合う必要はないんです。よく国際関係が悪くなったから両国の交流を制限しろという話が常に出ますが、むしろ交流しないとお互いのことが分からなくなってしまう。今も民間サイドでは日ロの交流が深まっていると感じます。

津久田 ガルパンの劇場版アニメ最終章の第1話がモスクワで上映された際、(庶民の情報を統制していた)KGB本部のあった建物の斜め向かいの映画館が使われました。日本で声優をやってる女の子がMCを務めたんです。ここまで時代が変わったのかとクラクラする。日韓関係だってギクシャクしたりしますが、訪日客の多くは韓国人。庶民の好奇心をなめるなって言いたい。

 ソ連は情報発信の下手な国でした。僕らは個人レベルで何とか日ソをつなげることができた。今はロシアに簡単に行けるのだから、ぜひ現地の空気を吸ってナマの体験をしてほしい。日本とロシアとの関わり合いは今後も続きます。この本でかの国に興味を持った人が僕たちよりいい仕事をしてくれればいいな。