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すばる文学賞・大田ステファニー歓人さん 1文字も書かないで「概念小説家」やってました 連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#6

大田ステファニー歓人さん=撮影・武藤奈緒美

ふぁにーちゃんって呼んで

 受賞の言葉にまず驚いた。
「どもう、ステファニーだお このたび、わらいありなみだありのすったもんだのすえ、スーパーすばるちゃん人形を手にしました。次はクリスタルすばるちゃん人形をゲトりたいので、グットシット期待してね。」
 な、なんなんだ、この文体は⁉
 続いて受賞作「みどりいせき」を読んで、また驚いた。受賞の言葉×100の自由すぎる文体が完成度をもって最後まで貫かれていたからだ。そして、ペンネームは「大田ステファニー歓人」。
 私、大田さんの話していることがちゃんとわかるだろうか……。いつもとは別の緊張を持ちながら、ふだん執筆に使っているというファミリーレストラン、ジョナサンへ向かった。

「ふぁにーちゃんって呼んでください、なんか大田さんとかステファニーさんとか呼ばれると笑っちゃうんで」というふぁにーちゃんは、ドリンクバーではカップの使い方やおすすめのお茶っぱ(しょうが紅茶)を優しく教えてくれ、「やっべ、緊張してきた」と恥ずかしそうにお茶を啜った。

 小説を読むようになったのは、中学生になり、学校にあまり行かなくなってから。
「親とか保育園の先生とかって優しいじゃないすか。だから、大人って優しいもんだと思って小学校入ったら、ビビって。校則とか意味わかんないし、なんでこいつらこんな偉そうなんだって、それが中学で限界来たって感じっすね」
 というものの、当時は映画と音楽に夢中で、小説はその合間に読む程度。高校ではバンドを組み、卒業後は映画大学に入った。
「ロックとかパンクとかに憧れてお酒をすごい飲むようになって。酔ったまま撮影現場行ったりするから怒られて帰されて。もともと集団行動とか共同作業がムリなんで、映画作る側はナシだなと思って、専科を選ぶときに評論コースを選択したんです」

 そこで、作家の関川夏央さんのゼミに入り、「自分の死亡記事を書いてみて」などのお題に応えるうちに、書く面白さに目覚めた。卒論では本人曰く「はったりブチかまして」最優秀賞を受賞。まわりが進路を決めていくなか、進路先を聞かれたふぁにーちゃんは「プロボウラーか、小説家」と答えた。

「そしたら誰もプロボウラーには触れてくれなくて(笑)。小説家って言ったのも、本気で小説書きたいというより安心材料として言ってた感じすね。将来やりたいことがなんもないって怖いじゃないですか。好きじゃない仕事してても『ま、うち小説家だから。これ本業じゃないし』って思える。1文字も書かないで〝概念小説家″として2~3年ぷらぷらしてました」

マニキュアはこの日のために彼女が塗ってくれたもの=撮影・武藤奈緒美

センスの強度で小説は決まる

 照明のバイトや映像会社の仕事で食いつなぐうちに、そっちが楽しくなると、「小説家」なのにこれではいけないと、二つとも辞めてクリエイティブとは関係ない営業職へ転職した。まったく興味の持てない仕事で不満ばかりだった。その分、小説で憂さを晴らそうと思い、やっと書き始め、第1作を推敲をしないまま群像新人文学賞に応募。ところが、1次すら通らなかった。

「その頃、仕事で2カ月ぐらい全国を回ることになっちゃって。彼女にも会えないし、逃げ場がないし、群像も落ちるしで、家に戻ってからは書くよりもまずバイブス立て直そうって、人生を楽しむことにしました」

 一見、ただの現実逃避に見えるが、じつはそこにはふぁにーちゃんだけの小説美学があった。
「1作目は、小説家になろうとして書いていて、どう頑張ってもカチカチな文章で、すげえダサくて。書いてても楽しくないし、読み返しても面白くないし。うちはそういうのは向いてなくて、まず人生を豊かにして、そこからこぼれてくるフレッシュなものを真空パックにしてお届けするほうがいいんだって思ったっす。
 小説って、プロット、構成、文体、セリフっていろんな武器があるけど、それよりそれぞれの要素の制御をするセンスのほうが大事。センスって誰かと比べてつまんないか面白くないかじゃなくて、ただ強度の問題じゃないすか。どんな人だってそれぞれ自分にしか書けないものがある。自分のセンスを弱くしか出せなければ人と似ちゃうし、強く出せれば人と比べても個性が出る」

 では具体的にはどんなことをしたのだろう。
「友達には親切にして、親には子どものときに伝えられなかった感謝を伝えて、あ、その頃に彼女と同棲を始めたんですよ。それで料理をめっちゃするようになったり、ぬいぐるみとかネイルとか可愛いものの大事さを知ったり、前は食えりゃなんでもよかったんで紙皿使ってたんすけど、彼女は骨董の器とか持ってて、そういうのいいなって思ったり。今までの自分になかったセンスが芽生えました」

 そういえば「受賞の言葉」のはじまりはこうだ。「かおちゃんありがと!!!! かおが支えてくれたからゲトれた!まじやっほーちゃん!!」……つまりその彼女が、かおちゃん?
「そうっす、そうっす。かおりんす」緊張しいのふぁにーちゃんの顔が一気にほぐれる。

こちらは家で書く時の魔法陣を再現。自分だけにウケてるものを書かないように見張り役兼応援係のぬいぐるみたちをセッティング。ウォーミングアップの瞑想と速音読には濃厚な甘い香りのお香を、執筆中はレモングラスのお香を焚く=撮影・武藤奈緒美

書く準備を書く以外のことで

 そして満を持して今年の3月、すばる文学賞に「みどりいせき」を応募。じつは、群像へ応募した作品の続編だそうだ。ネットスラングや隠語にあふれた口語体は選評でも高く評価されたが、初稿は出来事を羅列した簡潔な文章だったそう。

「初稿は1回止まるとわけわかんなくなるから、とにかくスピード命で。それを映画を編集するみたいに素材と素材を繋ぎ合わせるうちに流れがでてきて。ただ、元が箇条書きだから読んでいて引っかかりがない。それをもっとドラマチックにするために読む側の意識を遅延させようと言葉遊びや比喩を入れました。よく『最初は読みづらかった』って感想がくるんですけど、逆に後半はスピード感を持ってラストへ向かえるように読みやすくしたつもり。
 関川(夏央)さんが『文章って言うのは絶対ユーモアがないとダメ』って言ってて、大学の時シナリオの勉強で読んだ保坂和志さんの本でも『小説はいい作品だから読まれるんじゃなくて、読んでる文章が面白いから次の文章も読みたくなって、最後まで読み進めるから小説になる』って感じのことを言ってて。『みどりいせき』の主人公の『僕』は最初、孤独なところからスタートするんで独白が多いんですよ。独白って延々続くと停滞する。それは狙いだからいいんだけど、でもその文章を面白くしておかないと本閉じられちゃうじゃないすか。で、どんどん増幅させていったら、ああいう文体になりました」

「すばる文学賞に応募したのは、選考委員全員の小説を読んだことがあったからと、あとは賞金が100万円だったから。すばるがうちを選んだんじゃない、うちがすばるを選んだんです。あ、ここ(笑)って入れといてください」=撮影・武藤奈緒美

 振り返ってみて、なぜ「みどりいせき」は受賞したと思いますか。
「書いたものより、書く前の段階で編み出した〝作家の美学〟みたいなものに個性があったんじゃないかな。ひきこもって書いてたらこうなってない。書く準備を、書く以外のことでしてたんです」

 選考会の日は、愛するかおりんと2人、近所の中華屋で電話を待っていたという。
「大学卒業後、お酒はやめてたんですけど、そのときばかりは飲んじゃって。そしたら久しぶりで酔っ払っちゃって、2人で町に飛び出して。で、トイレしに家帰るってなったときに電話かかってきて、『やば!電話来るんだったじゃん!』って。で、選ばれたって聞いてかおりんに『ほらね』って言ったらハグしてくれました」

 いいなあ! 思わず漏れてしまう愛にあふれた生活。純文学は暗くないといけないと思ってた。芥川も太宰もみんな思い悩んだ顔をしてる。「友達を、家族を、パートナーを大切に」って本当は思ってるのに、そんなこと言ったら鼻で嗤われそうって思ってた。だけどこのたび、グッドバイブスな「ふぁにーちゃんコース」を選んだ小説家が爆誕した。どんな突飛な若者かと思ったら、愛と知識とセンスを下地に、強度のある小説を打ち立てる骨太な人だった。

 そんなふぁにーちゃんの小説家になりたい人へのアドバイスは「自分を大事に」ということ。
「自分を大事にしたら他人のことも大事にするし、そうやって人と関わってないと小説って書けない気がする。あと、書けないときも、自分に優しくしてたら、〝未来の自分が何とかしてくれるはず〟って安心して眠れます」

 取材のあとは、みんなでふぁにーちゃんおすすめのエグちすな(エグいほどうまい)ハンバーグ屋さんに行き、かおりんも合流。今月ふたりは結婚するそうだ。ふぁにーちゃん、いろいろおめでとう!

=撮影・武藤奈緒美

【次回予告】次回は、第55回新潮新人賞を受賞した赤松りかこさんにインタビュー予定。