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原作との出会いは立ち読みだった!? 映画「ビブリア古書堂の事件手帖」監督・三島有紀子さんトークショー

写真:有村連

ビブリアは人間の心の中が見えてくるミステリー

三島有紀子さん(以下、敬称略)こんにちは、よろしくお願いします。なんかすいませんね、こんな土曜日の晴れた時間に、こんなところにわざわざ・・・・・・(笑)。
野波健祐:こんなところっていうのは失礼ですよね(笑)。
三島:すいません、丸善は楽しいところです(笑)。ありがとうございます。
野波:まずは、1日に公開されました映画についておうかがいしていきたいと思います。監督は映画の話が来る前に小説を読まれていたと聞いたのですが。
三島:そうですね、もともと本が好きなので・・・・・・、だいたい休みの日って映画館に行くか、劇場で芝居を見るか、本屋に行くかしかないんですよね。本屋さんで(読むのに)時間かかりそうなものは買うんですけど、ビブリアの1巻に関しては立ち読みで全部読みました。丸善さんごめんなさいって感じですけど(笑)。
野波:立ち読みで全部?
三島:私、本屋さんに図書館のごとくいられるので、基本的には立ち読みします。まずいですね、これ。相当怒られる(笑)。(原作者の)三上(延)先生にも謝りました、「1巻買ってません」って。

野波:立ち読みに至るきっかけは、おもしろそうだなって目を付けた中にビブリアもあったということなんですか?
三島:自分でも脚本を書くので、映画化するために本屋さんに行くっていうのは意識的にやめようと思ってるんですよね。それで自分自身が読みたいなあとか、今の気分で求めているものを本屋さんで手にとって、読んでみて、これは映画にするべきだなとか、映画にしたいなと思ったときに動き始めるってことなんですけど。ビブリアのおもしろかったところはやっぱり、殺人事件が起こるミステリーじゃなくて、人間の心の中が見えてくるミステリーなのかなという風に私は受け取れたんですね。その人間ドラマがやれたらすごくいい映画になるんじゃないかなと思ったことと、古本ってやっぱり、前持ってた人の痕跡が見て取れるじゃないですか。
野波:線が引っ張ってあったり、ページが折ってあったり、ああいうのが気にならないタイプ?
三島:全然気にならないです。むしろワクワクする。ここに線引いてあるんだ!とか、ここに丸がしてある!とか。たまにコーヒーのしみとか付いてると、「コーヒー飲みながら読みたいよね、この本」とか思います。あとマニアックなところで言うと、北朝鮮の教科書の古本を見つけたときに、次の世代に贈る言葉みたいなのが表紙の裏に書いてあって・・・・・・。「がんばれ」といったような意味の。そうやって前に持っていた方の痕跡を見るのがすごく好きなんですよ。その人の思いが今、私のような全然関係ない人間に届いてるわけですよね。例えば今回の映画でも、誰かの強い思いが、その人が死んだ後にも古書を通じて誰かに届く。またそれを受け取った人の人生が大きく変わるわけじゃないけど、ちょっと背中を押されたり、影響を受けたりっていうことがテーマとしてできるのであれば、映画にしたいなっていう風に思い、オファーをお受けしましたね。

© 2018「ビブリア古書堂の事件手帖」製作委員会

野波:小説は8巻まで出ていて、いろんな人や本が出てきて、要素が多いじゃないですか。それを2時間にしなきゃいけません、と。どう要素を整理していったんですかね。
三島:まず(主役の2人)篠川栞子と五浦大輔の出会いである(夏目漱石の)『それから』は欠かせないんですけど、一方で私は「僕の存在には貴方(あなた)が必要だ。どうしても必要だ」っていうあの名言が大好きで、どうしても入れたかったっていうのはありますね。もうひとつは、事件と関わってくるものとして(太宰治の)『晩年』を入れることになったんですけど、それもやっぱり『晩年』に書かれてある「自信モテ生キヨ 生キトシ生クルモノ スベテ コレ罪ノ子ナレバ」っていう言葉が本にこだわっている人たち、業を持ってしまった人間の象徴的な言葉だなと思って、ぜひとも入れたいなと思ったんですね。いろんな本を入れても本をあまりお読みになられない方や原作を読んでいない方には複雑になるだけかなと2冊に絞って、二つの川が最後1本の大きな流れの川になるようにお見せできたらいいのかなって。本当にとても難しかったです。

古書堂のセットに並べた本はすべて本物

野波:みなさんも原作を読んで、もやっとした古書堂のイメージがあると思うんですけど、僕は、この映画がDVDになったら一時停止してどんな本があるのかすごく見てみたいくらい魅力的な古書堂ができあがっていると思いました。
三島:見ていただきたいですね(笑)。あの本は全部、本物なんですよね。美術部が全国の古本屋さんや個人所蔵の本を全国から集めてきてくれて。栞子さんだったらお店の表から奥に至るまでどういう本を、どういう順番で並べているかっていうのをずっと話をしながら飾っていったので、本当にそこに1軒の古書堂ができあがっているんです。
野波:並べる順番も三島さんが指示されたんですか?
三島:相談しながらですね。手前の方は安い文庫本で、だんだん奥にいくにしたがって高い本になっていくっていう基本的な古本屋の法則がありながらも、栞子さんのまわりには栞子さんが大切にしていて、なおかつ好きな本があるのではないかと。「これはきっと栞子さんが好きだよね」「いや、これよりはこっちの方が好きなんじゃない?」みたいな話を延々してた、って感じです。
野波:明日から商売できそうですね。映画を撮っている間、いったん決めた配置は変わってない?
三島:いちおう細かいこだわりとしては、「このへんの本が売れたんじゃないか」って言ってちょっと抜いとこう、とか。
野波:じゃあ、ファーストシーンと最後の方は配置が違う。
三島:細かく見れば違いますね。あとは原作にも書かれてましたけど、本のすきまがちょうど指が入るくらいの感じだ、っていうのをやってます。
野波:ものすごい失礼な質問になるかもしれないんですけど、そこまでやってていいんですか?(笑)
三島:え、ダメですか?(笑) 自分自身が古本屋さんが好きだっていうのもあるかもしれないですね。あと一番大事なのは、お芝居が自由にできる空間を作りたい、っていうのは私がいつも思っていることで。にせものの本だったりカバーだけが飾ってあったりっていうようなセットだと、「ここは本取らないでください!」みたいなことを役者さんに言わなきゃいけないわけですね。でも全部ちゃんと飾っていたら取りたい本を取れるし、本当に芝居が自由になるんです。それが一番大事かなと思って。野村周平くん扮する大輔っていう人は本を読まない人なので、古本屋なんか来たことないと。その人が初めてこのビブリア古書堂に足を踏み入れた時にどういうにおいがするのか、床がきしむのかきしまないのかも含めて、「うわー、これが古本屋かあ」みたいなことを、わざわざ芝居をしなくても感じることができる、っていうことを目指すためにやってもらっていますね。

© 2018「ビブリア古書堂の事件手帖」製作委員会

野波:次は主役である栞子さん、大輔さんらのキャスティングについておうかがいしたいのですが。
三島:栞子さんは本をこよなく愛していますし、本についての知識がものすごいので、まず絶対的にご自身が本を好きな人にやってもらいたいと思ったんですね。また本を読んでる姿が美しい人。あと、本のよさって文字を写してもなかなか伝わらないので、音読してもらいたいなと思ったんですよ。なので日本語の文章を読んだときに非常に美しくて、その言葉がより深く人々に届く表現力を持ってる人って考えた時に、黒木華さんが浮かび上がったっていう感じですね。以前にも「繕い裁つ人」でご一緒して、文学のにおいが本当にする方だったので、やってもらいたいなあと思いましたね。
野波:一方で本が読めなくなってしまった大輔さん、野村周平さんですが。
三島:野村さんに関しては、大輔が実際に本を読めない人なので、あんまり本を読まなさそうな(笑)。
野波:本人にそれを言ったんでしょうか(笑)。
三島:お会いしたときに「本って読んでる?」って聞いたら、「あんま読まないっすね」って(笑)。でも、大輔さんって非常にステキだなと思うのは、栞子さんのやりたかったことだったり考えていることに寄り添ってくれる人じゃないですか。本を通してじゃなくて、直に人間を見てるんですよね。そういう意味で野村さんはよかったです。
野波:あと栞子さんの妹さんの文香役が本当にイメージ通りというか、「この子だろ、小説に出てたの」って思って。資料をもらっても名前が出てないんですが、どなたなんですか?
三島:パンフレットをお買い上げいただくと出ているんですが(笑)。
野波:すいません!
三島:あの子は桃果ちゃんという名前の女優さんです。文香は非常にオープンで、太陽みたいな子なんですよね。この役はオーディションをかけたんですけども、まったくイメージの子が来なくてですね。私が日に日にイライラしてきて、「うーん、うーん」ってずっと言っていたら、ある日、最終オーディションの時に、ラインプロデューサーの方が「ひとり新しい子が来ます」って言って、それが桃果ちゃんだったんですけども、入ってきた瞬間に「この子だ!」って思ったんです。顔がぱーって明るくて、その場を本当に明るくさせる子なんです。お芝居もうまくて。それで、その日に即決させていただいたんですよ。

© 2018「ビブリア古書堂の事件手帖」製作委員会

「本の森」大阪の問屋街で過ごした少女時代

野波:この新刊書店の中でずーっと古本の話をしているのが正しいことなのか分からないのですが・・・・・・新しい本も含めて少し、映画から離れて三島さんの読書の話をお聞きしたいのですが、以前から「三島有紀子って三島由紀夫みたいだな」って思ってたんですね。それで、資料を見たら「お父さんが三島由紀夫から(名前を)付けました」っていうのがあって驚きました。本当ですか?
三島:まさにそうですね。うちの父親が三島の大ファンで、私が産まれたときに「せっかく三島なのになぜ由紀夫と付けない」と言い始めてですね。「女の子なんですけど」って母親が反対して、「じゃあ仕方がないから『ゆきこ』にしよう」って父親が言ったっていう経緯です。
野波:漢字は?
三島:最初はもちろん「由紀子」になってたんですけど、さすがに母親が、頼むからやめてくれと(笑)。「ゆきこ」の「ゆ」の字だけは変えてくれと頼み込んだらこの字になったって経緯らしいですね。
野波:そもそも三島にははまったことはあるんですか?
三島:これがですね、最初に触れたのが小学校の頃だったわけです。三島の小説を小学生で読んだときにどうなるか、想像していただいてよろしいでしょうか。
野波:何を読むかにもよると思うんですが?
三島:最初に『豊饒の海』を読んでしまった・・・・・・。
野波:あ、それはダメですね。

三島:っていうのが問題で、なんかこう、どこまでもくどくどと、いつまでも終わらない文章を書く人だな、みたいなことを思ってですね。そのあと『金閣寺』を読むと非常に分かりやすくて、これはちょっと感銘を受けました。三島って私からすると美を追求した人なのかな、というイメージがあって、金閣寺がやがてなくなるものだと知った瞬間に非常に美を感じる、っていうくだりに「ああ、なるほどー」と。いつかなくなるものに、その一瞬に美があるんだな、っていうのはその時に考えたことですね。でも別に三島の小説に限らず、坂口安吾だったり室生犀星だったり、いろんな本がありましたし、うちが大阪の堂島っていう本の問屋街にあったので、小さい頃から問屋街でかくれんぼしていて、それこそ立ち読みのくせがついたんです。
野波:そこに戻っていくわけですね(笑)。
三島:もう問屋街なので本が本棚に入りきらなくて、床に本の森みたいに積んであるんですよね。その一番上が、本屋さんがぱらっとめくって読めるようになってるんです。それを片っ端から読んでいくっていう子ども時代(笑)。もちろん買ったりもしました。うちの父親は本に関してだけは、誕生日ではなくても「この本を読みたい」って言ったら必ず買って与えてくれる人だったんですよね。
野波:じゃあ自然と本を読むようになっていったんですね。今回の映画に出てくる主な2作でいうと、漱石、太宰は?
三島:小学校高学年から中学生くらいですよね、だいたいはまっていくのは。漱石の文章って、全部読んでいるととても心にくるものがあるんですけど、一方の太宰の方がどちらかというとロック歌手の歌詞みたいというか、非常に言葉のセンスがすばらしくて、シャープで、十代の自分をぐさっと刺してくる言葉が多いと思うんです。そういう意味で、一時は太宰に影響を受けていましたね。高校生くらいになってくると、それが遠藤周作とか宮沢賢治とかに流れていくっていう感じです。どちらかというと、もうちょっと広い世界で物事を見ていくっていうんですかね。半径3メートル以内ではなくて、もっと世界だったり地球だったり、ヘタしたら宇宙から見たいまの生命っていうか、いま自分が生きていることだったり、出会っていることだったり、受け取っているメッセージっていうのはきっと時を超えて、誰かが発したものが回り回って自分にやってきてるんだとかいう発想になったのは、そういう作家たちを読んでたからかなと思います。

野波:映画化したい作品というのは、結構見つかるものですか?
三島:いっぱいありますね。こういう人生に寄り添いたいだったり、こういう人物に実際に会いたい、っていうときに撮りたいなと思いますけど。
野波:差し障りのない範囲で、この作品は映画化してみたいな、映像化してみたいなっていうのは今ありますか?
三島:私はやりたいと思ったら動くので、そういう意味では動いているものもあるのでなかなか言えないですね(笑)。でも映画をやりたいと思ったら作れる環境にあるのかというと、なかなかないんですよね。やっぱり今世の中が「売れるものはなんだ」って探っているので、例えばこれはきっといい映画になるけれども当たるかどうかっていうと保証がない、っていうときにみんな引いていくことが多いんです。そういう意味では、本当にいいものを作りたい時にどうやったら作れることになるのか、っていうことをいつも考えている感じですね。「幼な子われらに生まれ」は重松清さんが作家として売れる前の小説ですし、非常に内容も地味な話ですけど、絶対いい映画になると思ったので自分でも一生懸命お金を集めました。実現に向けてみんなでそういうことをやっているとだいたい6年くらいすぐ経っちゃいますね。
野波:というと、6年後くらいにここで話していた作品はこれだったのね、って我々の目に見えてくるわけですね。
三島:そうですね。(映画化したい作品の)作家さんで一人だけ言うと、桜木紫乃さんでやりたい作品はたくさんあります。桜木さんほど女性のハードボイルドを描ける人はいないなって思います・・・・・・。生きることに躊躇なく向かっていく女性を描かれている。そういう人物像っていうのは今、非常に必要なんじゃないかなと思いますね。日本は本当に自殺も増えてますしね。どんなに堕ちても何があっても生きていくことがいかに崇高なことか。すべてなにもかもが生きる「道具」。また、愛されることよりも「愛する」という覚悟を持った人生が、いかに愛に満ちあふれているものなのかということ。でも生きているうちにはけっして満足することがない。共感はいらない、ただそこに理解という尊敬がある・・・・・・。そんなことを力強く描いていらっしゃると思うのですが、そこは私も非常に共鳴するところです。

会場の質問に答える

参加者:三島さんが読まれた本の痕跡っていうのは、どんなものが残されているのでしょうか? あとご自宅の書棚で一番いいところにある本は、どなたのどんな本があるのか教えてください。
三島:なるほど。一番言いたくないですね、本棚(笑)。私、人と出会ったときに一番見たいのはその人の本棚なんです。なんですけど一番いやなのが自分の本棚を見られることなんです(笑)。痕跡本は、私の場合はぼろぼろになりますし、きれいに読もうと思ってないので、もういっぱい書いてありますね。それから発想した自分のショートストーリーも書いてますし。だからもう捨てられないです。絶対売れないです。
野波:墓場まで持っていきますか。
三島:なんとか焼却して死んでいきたいと思います。ブックオフとかでは絶対買ってくれないですし。言葉に丸が付いてますし、すごく重要な言葉はぐるぐるもしてあるので。あとは線も引いてありますし、それにまつわる自分の思いついた人物像だったり、それを映画化したいと思っているわけではないのに、それをきかっけに思いついた物語だったり人物だったりを派生して書いていくんです。
野波:それが一番いい本棚に置いてあるとか?
三島:それは置いてないです。選りすぐられた本棚の中の何冊かを言いますと、桜木紫乃さんと、近藤ようこさんという漫画家の方は多いです。あとは写真家の木村伊兵衛と土門拳。あとは植田正治さんと。この3人の写真家の写真集は選りすぐりの本棚にあります。土門拳って寄りっていうかアップの世界なんですよね。木村伊兵衛って引きと言われている、広い世界で物事を見ている。植田さんはご自身の宇宙を具体化している。映像というものがどういう伝え方をするのか、それぞれの違いを自分の中に意識的にたたきつけるんです。

野波:「映画を撮っていて一番楽しい瞬間はいつですか」という質問を事前にもらっています。結構苦労が多い気がするんですが。
三島:苦労しかないですね(笑)。工程として楽しいのはお芝居を撮ってる時ですかね。いいお芝居をしてもらうために美術もロケ場所もこだわってますし、それを役者さんが感じてくれて、ある種テニスのラリーみたいにこっちがこう投げたらそういうお芝居で返してくれたんだ、って感じたときがやっぱり一番幸せです。
野波:今回三島さんが一番、粘りに粘ったカットは何ですか?
三島:何回も撮ったってことですか? 私あんまり何回も撮らないんですよね。集中してもらう時間の方が長いです。例えば今回は夏帆さんと東出昌大さんが恋に落ちる関係性なんですけども、いきなり「はい、恋人です」ではやりにくいじゃないですか。なので、そういう関係がにじみ出る準備の時間を作ります。例えば旅館のシーンなんですけど、別の部屋に行ってもらって二人っきりで1時間過ごしてただいて・・・・・・、手を握ってもらうとか。やっぱり身体的接触って大きいですから、そういう準備時間をかけるって感じですね。東出さんは小説家を目指す役なので、実際に太宰治が使っていたと言われている同じ種類の万年筆と原稿用紙を用意して、撮影前にお渡しして、ごく当たり前のように万年筆で原稿用紙に文字をすらすら書ける状況にしていただくとか。
野波:旅館のシーンもすばらしかったんですけど、ロケハンって楽しくないですか?
三島:映画は大変なことばっかりって言いましたけど、ロケハン、楽しいですね(笑)。そうですね、(映画作りは)たいがい楽しいです、すいません。

© 2018「ビブリア古書堂の事件手帖」製作委員会

野波:さんざんしゃべっておいてなんですが、最後に一言お願いします。
三島:真面目な話をすると、私、本を読んだりネットで記事を読んだりしていて思うのは、人とつながるとか、人に思いが届くことって本当に氾濫していると思うんです。非常に簡単に使われている言葉だと思うんですけど、実は本当の意味でつながったりとか、本当にその人の思いが届くっていうのは奇跡的なことだと思っていて。その瞬間を映画の中で伝えられたらいいなと思って撮りましたので、そういう視点で見ていただけたらうれしいなと思いますし、みなさんの中でも今つながったなと、今届いたなって思う瞬間を思い出しながら過ごしていただけたらうれしいかなと思います。
野波:三島さん、本当に今日はありがとうございました。