昭和が舞台の小説を発表してきた奥田英朗さんが、ついに昭和という時代を丸ごと描いた。作家になって間もないころから挑みたいと思っていた。執筆に10年かけた3部作「普天を我が手に」(講談社)を完成させ、この夏から刊行が始まった。
奥田さんは、1959(昭和34)年生まれ。「今日よりいい明日があると、日本人が夢を抱いていた。東京オリンピックや大阪万博で自信をもって、未来を信じた時代」を感じながら成長した。作家として、昭和が舞台のミステリーを書いてきた。「防犯カメラもスマホの履歴もない。ヒューマンタッチな部分が多く、ドラマになりやすい」
昭和そのものを小説にしたいという思いは長年抱いてきた。作家としてのキャリアと相談し、書いていいと自らに「許可」を出した。
物語は26(昭和元)年に、4人の赤ん坊が生まれるところから始まる。第1部は、太平洋戦争開戦まで。日本がどのように戦争に向かっていったのか、親視点で、時代の空気ごと描き出した。
「そろそろ、昭和を時代小説として、俯瞰(ふかん)で見てもいいんじゃないか」。右や左、善と悪ではなく、公平に昭和を書きたかった。
そこで、立場の違う4人を中心とした群像劇に仕立てた。4人はそれぞれ、軍人と財閥を抱える一族、金沢の名門俠客(きょうかく)一家、前進的な婦人雑誌の女性編集者、中国にわたり興行をする男性のもとで育っていく。
「昭和を描くにあたって、僕の主観を述べるつもりはないし、断罪する気もない。登場人物の目に映った昭和を描きたかった」
「登場人物の言い分を聞く」のが、作家としてのモットーだ。今回はそうしているうちに、「もうちょっとフラットに書くつもりが、反戦に走っていった」。
資料を読んでいく中で、日本人がやったことの反省点を、きちんと書かないといけないという思いに駆られた。「国際情勢があって、日本単独でどうこうできるわけでもないが、世界の大きなうねりの中に飛び込んでしまった」
日本が戦後80年を迎える今夏に第1部を出した。「日本人がやってきたことをおさらいしようよ、と。日本人の財産は、戦争で痛い目にあったこと。戦争は回避したいという思いが国民に共通してあるのは貴い」。説教くさくない「娯楽小説」で昭和を描くからこそ、読者に伝わるものがあると信じている。
9月に刊行予定の第2部では、若者たちの目に映った戦争を、12月に刊行予定の第3部では、日本の高度経済成長の時代を描いた。すべてを書き終え、「長い世界旅行から帰ってきたような」思いに至ったという。
「戦争というものを中心に、これだけガラッと社会が変わった。やっぱり、日本人にとって一番ドラマチックな時代が昭和だったと思いますね」。自身の代表作になったと自負している。(堀越理菜)=朝日新聞2025年7月30日掲載