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「⾃分の⾊」を好きでいたいすべての⼈へ サトシンさんの絵本「わたしは あかねこ」

『わたしは あかねこ』(⽂溪堂)より

「わたしの良さ」はわたしが⼀番知っている

——「わたしは あかねこ。/しろねこかあさんと くろねことうさんから うまれたの。」家族のなかでひとりだけ⽑⾊が違う「あかねこ」。両親やきょうだいとは似ていないけれど、⾃分では「きれいで かわいい このいろが すき」なのに……。絵本作家のサトシンさんが2011年に出版した『わたしは あかねこ』(絵・⻄村敏/⽂溪堂)は、「⾃分らしく⽣きる」ためのヒントがたくさん詰まった絵本だ。

『わたしは あかねこ』(⽂溪堂)より

 この絵本の「あかねこ」みたいに、僕⾃⾝が⼩さなころから少々“変わり者”と思われていたようです。空想していると、脳内に映画のようなシーンが次々と浮かんできて⽌まらず、楽しいことを思いつくと、授業中でもおかまいなしに想像に没頭したり、急にしゃべりだしたり。友達には⾯⽩がられもしましたが、先⽣には「⼈の話を全然聞いていない」と怒られることも多々ありました。

 でも成⻑するにつれ、自分が当たり前のようにやっていた空想あそびは、「どうやら誰もがやっているわけではないらしい」と、気づいてくるんです。勉強も、算数や暗記科⽬は全然ダメだけど、国語だけはなにもしなくても得意だった。想像⼒やコミュニケーション⼒、相⼿の気持ちを慮(おもんぱか)ることについては、昔から⾃分の得意分野だとは思っていたんです。

 ⼦ども時代を振り返ると叱られてばかりでしたけど、「得意なことや好きなことがあれば⽣きていける。自分は自分のままでいいんだ」という気持ちはずっと持ち続けていました。空想に没頭し、おしゃべりが止まらない。「そのままでは大人になれない、おまえの⼀番ダメなところだ」と、⼤⼈たちに言われ続けてきた「よくないところ」が、今は絵本作家としても「最⼤の武器」。「あかねこちゃんだけ いろが ちがって、かわいそう」と⾔われながらも「そのままのじぶんがいい」と思える「あかねこ」は、自分を100%投影した分⾝のようなキャラクターなんです。

「⾃分の居場所はきっと⾒つかる」と伝えたい

——⼈と⽐べて落ち込んだり、個性を周りに認めてもらえず悲しい思いをしたり……。あかねこの「⾃分を好きでいられる強さ」は、そうした経験がある読者にはまぶしく映る。家を⾶び出し、⾃分らしく暮らせる場所を探して旅に出るあかねこの姿には、サトシンさんの思いが込められている。

『わたしは あかねこ』(⽂溪堂)より

 学校や社会に適応できなくて苦しんでいる⼦どもたちもたくさんいると思うのですが、その⼦たちに⾔いたいのは「ハッピーエンドはその先にある」ってこと。学校も含め、今いる場所はすごく狭い世界で、そこから⾶び出す勇気を持っていろんなことを学びながら旅を続ければ、きっといつか「⾃分の居場所」は⾒つかる。⼈⽣はつらいことや厳しいこともあるけれど、「⽣きていくに値する素晴らしい世界なんだよ」ということを、絵本を通じて⼦どもたちには伝えていけたらと。

 講演会では、いつも王冠に七⾊のマント、グラサンにヒゲというスタイル。最初は⼦どもたちも「なんだか変なやつが来たぞ」と怪訝(けげん)な雰囲気なのですが、絵本の読み聞かせやトークを進めるうちに、どんどん会場に笑いがあふれてくる。

「社会からドロップアウトして会社に属さず、好きなことを追求した結果、絵本作家になっている」という自分の様子を見ることで、「そういう生き方もアリか。⼤⼈だってなんだか楽しそう」と思う子は多いみたいで、そんなところからも自己肯定感や多様性の面白さ、大切さとして響いているようです。

読者の気持ちを映す「合わせ鏡」のような表情

——絵を担当したのは代表作『うんこ!』(⽂溪堂)でもタッグを組んだ⻄村敏雄さん。サトシンさんがつくり出す物語の世界を、より豊かなものにすべく、寄り添ってくれる最良のパートナーだという。

『わたしは あかねこ』(⽂溪堂)

 ⻄村さんは「あかねこ」のキャラクターラフについても、微妙な違いのものを何⼗パターンも出してくださって。僕が特に素晴らしいと思ったのは、⾒る⼈によって微笑んでいるようにも悲しんでいるようにも⾒える、表紙のあかねこの絶妙な表情のニュアンスです。

 以前、とある大学院の公開講義でご一緒した哲学の先生に「この絵本のよさについて、私は3時間でも話していられます」と言われたのですが、その先生いわく、「絵本を読む前は悲しそうに⾒えるあかねこの顔が、読み終わったあとは微笑しているように⾒える」とのこと。なるほどそういう見方もあったかと目からウロコでした。

 最終的にあかねこは「⾃分の居場所」を⾒つけ、最愛のパートナーと7⾊の⼦どもたちに恵まれるわけですが、⻄村さんの発案で「裏表紙」にはあかねこが⾃分の家族を連れて、故郷の家に戻るところが描かれています。読み終わった絵本をぱたりと閉じて置いたときに、あらためて気づく……物語の余韻を感じることができる場面として設定しています。手前味噌なんですが、講演では歓声や拍手が起こる「名シーン」だと思っています。

『わたしは あかねこ』(⽂溪堂)より

どんな人の⼼のなかにも「あかねこ」がいる

——絵本をつくるときはいつも“伝えたいテーマ”といったことは考えずに制作するようにしている」という。

 あくまでも自分の場合は、なのですが、テーマという「枠」を最初につくってしまうと、絵本という⾃由な媒体の良さがなくなるような閉塞感を感じてしまうんです。『わたしは あかねこ』も、単純に自分が面白いと思えるお話を、と書き進めていったら、⼦どものころの⾃分を投影するような展開になっていき、⾃然と「⾃分らしく⽣きる」というテーマに着地しました。

 NHK「ドキュメント72時間」でこの絵本が紹介されたときは、「私は私でいいんだ、と思えるようになった。⼼が救われた」「本当にやりたかったことを思い出して、夢に向かって動き始めた」「私にとっても家族にとっても、バイブルです」などの熱いメッセージが押し寄せ、全国からメッセージをくれる読者と、何日も“並行チャット状態”になりました。

 どんな⼈でもきっと、⾃分だけの「あかねこ」が⼼のなかに存在しているはず。読者の皆さんがそれぞれ⾃分⾃⾝に重ね合わせて、何か⼼に響くものがあれば、「あかねこ」だった作者もうれしいです。