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「あのころ、天皇は神だった」 歴史の傷と怒り 響きあう物語

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月10日
あのころ、天皇は神だった 著者:ジュリー・オオツカ 出版社:フィルムアート社 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784845917068
発売⽇: 2018/09/25
サイズ: 20cm/189p

あのころ、天皇は神だった [著]ジュリー・オオツカ

 これは静かに響きあう物語である。「こんなふうだった」という囁きが「そうだったの」という声とこだましあい、水滴が波紋になって広がっていく。
 物語は太平洋戦争中、米国西海岸から日系人が退去を命じられた事件を題材としている。カリフォルニアに住む母親と10歳の娘、7歳の息子は、白いスタッコ壁の家を離れ、砂漠にあるトパーズ収容所で暮らすことになる。前年、父親はFBIに連行されていた。
 母親は気丈だ。行き先も帰る日も分からないまま、荷物をまとめ出立に備える。老犬を殺め鳥は外に放った。内陸に向かう列車の中では女の子が周りを観察する。護送係の兵士、金時計の男、そして外の景色。真っ暗な砂漠を野生の馬(ムスタング)が月の光を浴びて走り去る情景は一幅の絵のようだ。
 男の子を中心に描かれる収容所での日々は、厳しい生活と心象風景とがないまぜになる。ここでは父の不在が重くのしかかる。少年は、室内履きで連行された姿が忘れられず、母親は、最後に水を飲ませてあげなかったことを悔いる。思春期の姉は、父の顔を思い出せなくなることを恐れる。
 戦争が終わり、自宅に帰っても元の生活は戻らない。友達との感動の再会もない。彼らの家族も戦争の傷を負っていたのだ。荒れ果てた家と失われたものの数々。しかし、母親は決然と働き始める。貧しくとも落ち着きが戻ってくる。
 この静謐さを乱すのは、待ち焦がれた父の帰還だ。見違えるほど老けた父親は、心の闇を抱え、じっと窓の外を見つめるばかり。
 その鬱屈は、最後に奔流となって溢れ出す。そう、私がやりました。私はあなた方の貯水池に毒を入れました。あなたを探りました。私はあなた方の言うジャップです。だから、さあどうぞ私を監禁しなさい。吐き棄て、たたみかける語り。「こんなふうだった」「そうだったの」の背後には大小こもごもの「なぜ?」が渦巻いている。
    ◇
 Julie Otsuka 1962年、米カリフォルニア州生まれ。父は戦後渡米した1世、母は2世。著書に『屋根裏の仏さま』。