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獄中で読んだ「カリートの道」の原作本は心に沁みた A-Thug(SCARS、DMF)

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

 「ムショでは朝日新聞読んでたんだよね」。A-Thugへの取材はその一言からスタートした。彼はSEEDA、BES、STICKYといった錚々たるラッパーたちが在籍しているヒップホップグループ・SCARSのリーダーだ。近年はKNZZ、J-SchemeとともにDMFのメンバーとしても活動している。

 A-Thugは2006年に発表したSCARSのアルバム「THE ALBUM」でシーンに登場した。この作品では彼らのさまざまな犯罪行為が歌われている。その赤裸々さは日本のヒップホップのポリティカル・コレクトネスに大きな影響を与えた。しかし、その後はメンバーの逮捕などトラブルが相次ぎ、グループとしての活動が困難になる。A-Thug自身も過去に収監されていた経験がある。

 「朝日、読売、毎日……、ムショの中では読みたい新聞を選べるんですよ。俺はリベラルなほうが好きだから、なんとなく朝日にしました(笑)。中にいた時は、ヒマだったから本当に隅から隅まで読んでましたね。そうすると世の中で何が起こってるかがわかってくるんですよ。新聞には、日本の景気とか株価みたいなサラリーマンの人たちが知りたいようなニュースと一緒に、ヒズボラが小さな女の子を人間爆弾にして50人を殺害するテロを起こした、みたいなことも載ってるから。アルカイダ、タリバン、ハマスとかそういうテロ組織の名前も、新聞で普通に覚えちゃった。

 日本に暮らしてるとそんなの知っててもしょうがないように思えるけど、実は全然そんなことなくて。俺にはアメリカにもたくさん友達がいるから、そういう連中と話してると新聞に出てることが全部自分と地続きだって思えてくる。例えば、今回の作品『Plug』に参加しているプロデューサー・DJ KENNの住んでるシカゴは、治安が悪すぎて死者の数がイラクで死亡した米兵よりも多くなちゃった。だからスラングで『Chiraq(シャイラク)』(Chicago+Iraq)と呼ばれてたりするしさ」

トニー・モンタナの顔に傷ができた理由も描かれてる

 映画が好きだったA-Thugは、刑務所に原作本を差し入れてもらっていたという。今回紹介してくれたのは、そこで読んだ3冊。「新聞も本も刑務所じゃないと読まないけどね」と笑いながら話してくれた。まずは映画「スカーフェイス」の原作本。キューバからの移民である青年トニー・モンタナがコカインの密売で財を成し、そして自滅していくという物語だ。ヒップホップの世界には似た境遇の人間が多いため、さまざまなラッパーが「スカーフェイス」「トニー・モンタナ」のモチーフをよく歌詞に引用する。

 「『スカーフェイス』は、俺たちのグループ・SCARSの名前の元ネタですね。刑務所に入って時間ができたから、せっかくなら好きな映画の原作本を読んでみようと思って後輩に差し入れてもらったんですよ。ヤクザ雑誌とかエロ本はダメだけど、普通の小説なら刑務所でも読めるんです。

 原作では映画よりもトニー・モンタナの人物像がより濃厚に描かれています。そもそも物語はトニーがキューバにいた子供の頃から始まる。ローティーンの段階ですでにめちゃくちゃ悪ガキで、人殺して強制労働させられたりしてた。しかもアフリカに兵士として派兵された話や、顔に傷がついた経緯も描かれてる。俺が好きなのは、トニーがキューバから亡命するシーン。嵐の海の中、難民みたいに集団でボートに乗ってアメリカに来るんです。その時、一緒に乗っていた見ず知らずの男の子が海に落ちちゃう。それを見たトニーは自分の命も顧みないで、夜中の海に飛び込んで子供を助けてあげるんです。映画でも前半にはトニーの人情味を感じるシーンがあるけど、そもそも彼はものすごい悲しみを背負ってボロボロの状態でアメリカに来てる。詳しくは言わないけど、映画が好きなら読んでみると面白いと思うよ」

「ウエスト・サイド・ストーリー」のギャング団は実在する

 2冊目は映画「カリートの道」の原作本。映画では「スカーフェイス」と同じくアル・パチーノが主人公を演じた。元麻薬王のカリート・ブリガンテが悪いしがらみから逃れようと必死に生きる姿を描いた作品で、こちらもヒップホップシーンで人気が高い。ちなみに本作も原作では主人公の前日譚がくわしく描かれている。

 「原作にはカリートがガキの頃の話もたくさん描かれてるんです。『ウエスト・サイド・ストーリー』って映画があるじゃないですか? あれに出てくるシャーク団は、実在のプエルトリコ系の不良グループなんですよ。『カリートの道』の原作本には、ほかにもニューヨークのいろんなギャンググループの話がたくさん出てきます。でも、同時にコミュニティ内の愛についてもたくさん書かれてるんですよ。実は自分もニューヨークでいろんな人に優しくしてもらった。うまくいかないことがあった時に、友達のお母さんが肩を抱いて励ましてくれたり、手作りのサンドウィッチを持たせてくれたりとか。刑務所で読んた時、ニューヨークのレンガの質感とかと同時にみんなからの愛を思い出しましたね。

 俺自身は結構早い段階から家族と疎遠になりました。地元は川崎の川中島という町で、俺の家は中の上くらいのいわゆる普通の家庭でした。地元にはカッコいい先輩たちがたくさんいて、小学生の頃からすごくかわいがってもらってました。ZOOのメンバーに先輩がいて、先輩の周りには、マライア(・キャリー)のバックダンサー達もいました! NYのクラブでもその人達を見かけたけどカッコ良かった! (アパレルブランドの)「PNB NATION」のパーティでガンガン踊ってた! 渋谷にもCAVE(※2000年に閉店)ってクラブがあって、ストレッチ・アームストロングが回したり、チッタ(CLUB CITTA')ではジャジー・ジョイスって女のstreet typeでNYのdopeなDJ達で俺も踊った! real dope 90s you know?? 先輩たちは俺にダンスだけじゃなくて、スケートボードやヒップホップ、パンクを教えてくれた。小学校の時、校内放送でビースティ・ボーイズをかけて怒れたりもしましたね(笑)。

 でもそうやって遊びに夢中になってたら、家や学校に自分の居場所がなくなってた。ここまでの人生、俺はかなりむちゃくちゃに生きてきたけど、両親に理解されなかったことはやっぱり悲しかったです。最近そんな風に思い返すこともあります。そういえば刑務所では映画も観られるんですが、何かの作品で高倉健さんが『愛の対極にあるのが無関心だ』と言ってて。それは胸に沁みましたね。だって俺がつらい時に両親は無関心で、シカゴやNYの人達にも愛をもらった!」

歌詞はすべて現実。自分に関係ないことだと思わないでほしい

 3冊目はジョニー・デップやペネロペ・クルスが出演した映画「ブロウ」の原作本。主人公は実在したドラッグディーラー、ジョージ・ユングで、1970年代にアメリカで流通したコカインやマリファナのほとんどは彼によってコロンビアやメキシコから密輸されたと言われている。

 「『スカーフェイス』『カリートの道』と比べるとページ数は少ないけど、内容はこれが一番濃かったですね。実話だから。俺の歌詞はすべて実体験が基になってるけど、表現の部分では読書からの影響がある。具体的にどの部分がこうなったみたいな細かいことは覚えてないけど。『ブロウ』では主人公が信頼してた人に裏切られたり、自分にも重なる部分がたくさんありました。

 確かに俺は犯罪について歌ってる。若い頃はファッション感覚でそういうことを歌ってた部分もあったけど、いろいろ経験していまはもっと違う感覚になりました。別に俺の歌を聴いて同じことをしてほしいとは思わない。ただ、世の中には誰も見たくも知りたくもないような過酷な現実があるということを知ってほしい。それが自分と関係ないことだと思わないでほしい。

 アメリカにグッチ・メインというラッパーがいるんですよ。彼はもともと本当に極悪人で、ドラッグやら銃の不法所持やらいろんな罪状で捕まってかなり長い間服役してた。でも最近釈放されて、すごくしっかりラッパーとして活動してるんですよ。完全にエンターテインメントと割り切っていろんなことをしてる。俺もそんなふうに活動していきたい。そもそも表現はもっと自由であるべきで、人間の数だけ多様な表現があって当然なんだから」

 実際に取材するまでA-Thugは恐ろしい人物だと思っていた。しかし実際の彼は柔和で、取材中も記事にはできないジョークをたくさん話してくれた。彼のラップは非常に刺激的な内容だが、今回の記事で話してくれたような視点から聴くとまた違った印象になるだろう。そしてこの3冊を片手に、最新作「Plug」の世界観を頭の中で膨らませてもらいたい。