作家の相場英雄さんが新刊『血の雫(しずく)』(新潮社)を出した。ネット社会と福島の原発事故後の問題を絡めたミステリー仕立ての長編小説だ。
物語は、東京都内で起きた連続殺人事件に端を発する。被害者はモデル、タクシー運転手、老人と接点がなく、捜査は難航。かつて捜査中に、ネットに苦い思いをさせられたことのある捜査1課の田伏は、民間のIT企業から転職してきた新米刑事の長峰と事件を追いかける。やがて事件は、ネットを駆使した劇場型犯罪へと発展していく。
相場さんは元時事通信の記者。キーパンチャーから記者になり、人気漫画「闇金ウシジマくん」の取材に協力したこともある、異色の経歴の持ち主だ。本作は、SNS上のいさかいや中傷の応酬から着想を得たという。「多くの人々が、事実の真偽を問うことなく話題性や刺激の強さを求め、無責任に拡散してゆく。その怖さ、気持ち悪さを、具体例を出しながら書けたかなと思う」
後半、風評被害をネット上に書き込まれた「福島の果物」などに導かれ、舞台は一気に福島へ。原発事故後の風景や人々の生活も、丁寧に描かれてゆく。
『リバース』『共震』など、多くの作品で東北の被災地を舞台にしてきた。自身、定期的に東北を訪れている。直接見聞きしたこと以外はほとんど書かない。「責任が持てないですから。すさまじい話が多すぎて、作家の想像力なんか、3秒で粉々にされるんです」
震災から8年近くたっても、今なお福島を題材に書き続けている理由をこう語る。「全国紙からの情報発信が減り、被災地の営みへの想像力が失われようとしている。エンターテインメントに昇華することで、再び関心を持ってもらえると信じたい」
物語のラスト。とある検索サイトのアクセス数のランキングが示される。芸能ネタなどで事件が埋没していくさまが、時代を映している。(宮田裕介)=朝日新聞2018年12月12日掲載
編集部一押し!
- 著者に会いたい 坪田侑也さん「八秒で跳べ」インタビュー 21歳が放つ王道青春小説 朝日新聞読書面
-
- ニュース 本屋大賞に「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈さん「これからも、成瀬と一緒なら大丈夫」(発表会詳報) 吉野太一郎
-
- 本屋は生きている ヤンヤン(東京) 急な階段の上で受け取る「名も無き誰かが残した言葉」 朴順梨
- インタビュー 北澤平祐さんの絵本「ひげが ながすぎる ねこ」 他と違うこと、大変だけど受け入れた先にいいことも 坂田未希子
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社