1. HOME
  2. コラム
  3. 古典百名山
  4. 個人の意識外の「社会」発見 デュルケーム「自殺論」

個人の意識外の「社会」発見 デュルケーム「自殺論」

Émile Durkheim(1858~1917)。フランスの社会学者。

大澤真幸が読む

 自殺ほど個人的な理由でなされるものはない。個々の自殺の背景には、人によって異なるさまざまな私的な事情がある。自殺は社会現象には見えない。
 だが、例えばプロテスタントが多い地域とカトリックが優勢な地域とを比べると、前者の方が自殺率が高い。教義の点では、どちらも自殺には否定的である。それなのに自殺率に差が出るのはどうしてなのか。この事実は、自殺もまた社会現象であることを示している。
 このことに気づいたデュルケームは、あと三年で十九世紀が終わるという年に公刊された本書で、自殺を規定する社会的要因を基準に自殺は三つのタイプに分けられると論じた。着眼した要因は、社会的連帯(つまり絆)の強さである。
 第一に自己本位的自殺。個人が共同体から切り離され、孤立したことに由来する自殺である。プロテスタントの自殺率が高いのは、このタイプの自殺が多いからだ。プロテスタントはカトリックより個人主義の傾向が強いのだ。第二に集団本位的自殺。殉死や殉教のように、他者や集団の大義のための自殺である。第三にアノミー的自殺。アノミーとは、規範の拘束力が弱まり、社会秩序が不安定になっている状態である。不況時だけではなく、極端な好況期も自殺率が上昇することが、このタイプの自殺がある証拠となる。
 本書の功績は、個人の意識には還元できない、まさに「社会」を発見したことにある。人は自殺するとき、自分が属する社会の連帯の強さのことなど考えない。その人の意識は、失恋や借金のことで占められている。しかし、意識の外にある社会的要因が、ある人が自殺に向かうかどうかを(少なくとも部分的には)規定している。
 デュルケームと同じ頃、フロイトが「無意識」を発見した。「社会」と「無意識」の間には結びつきがある。通常の意識的な思考と異なるところにもう一つの思考や意志があるかのように見えるという点で、両者は共通しているのだ。(社会学者)
=朝日新聞2018年12月22日掲載