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渡辺ペコさん「1122」インタビュー 公認不倫OKの仲良し夫婦の行く末は…

文:横井周子

ハッピーなイメージの結婚だけど、私は気が重かった

――時にユーモアをまじえ、時に鋭い観察眼で、夫婦の「本当のこと」に迫る『1122』。まずは着想のきっかけを教えていただけますか。

 もともとキャリアのかなり早い段階で、男女のロマンティックラブは私にはあまり描けないだろうなと感じていたんです。年齢を重ねるにつれ、読み手としても書き手としても、ラブストーリーへの関心がさらに薄れてしまって……。短篇で恋の一瞬を切り取ることならできるかもしれないけれど、長い連載のメインテーマとして恋愛の幻想や関係性をずっと扱っていくのは難しいなと。あとは結婚前に、私自身が色々考えて悩んだこともあって、婚姻制度に興味があったんですね。それで、男女の機微ではなく制度を考えてみたいと思って描き始めた作品が『1122』なんです。

――結婚前に色々考えたというのは……?

 自分の親が結婚に失敗していて大変で、一般的に共有されている結婚のイメージと自分自身の感覚にすごく乖離があったんです。結婚ってなんか幸せで素敵なイメージで喧伝されているけど、大人になればなるほど他人の期待なんか背負えないし、しかもラブとかあてにならない感情を媒介にして、誰かと生活を共に送るだなんて。「うまくやれんのか?」と考え出すとすごく気が重くって、私の場合は「大変だぞ、がんばるぞ」っていう気持ちでいっぱいだったんです。この結婚にまつわる社会的なイメージと個人的な感覚のズレが、『1122』を描く最初のきっかけだったかもしれません。

――社会学者の上野千鶴子さんは結婚契約を「自分の身体の性的使用権を、特定の唯一の異性に、生涯にわたって、排他的に譲渡する契約のこと」(上野千鶴子・信田さよ子『結婚帝国』、河出書房、2011年)と定義されています。『1122』ではまず「公認不倫」を夫婦間で認めて、そういう暗黙の了解を崩すところから始まっているのがおもしろいですね。

 そんな風に読んでいただけるといいなと思いながら描いてます。公認不倫は予想以上に拒絶反応も大きかったんですが……。そう、上野千鶴子さんが仰っているとおり、結婚には心と体を縛るという面が盛り込まれていますよね。一人でいるより単位を大きくしたほうが生きていく上で効率が良い部分はあって、確かに結婚は便利さもある約束事だし、ひとつの形態としてはありかなって今は思ってます。ただ、『1122』を描きながら思うんですが、この契約がそれぞれの人が自分にとってどういうものなのか、ちょっと考えた上でゴーを出すことは大事なんじゃないかなあ。

©渡辺ペコ/講談社
©渡辺ペコ/講談社

『1122』で描きたいのは、不倫じゃなくて結婚

――「わたしが見たいのは 行きたいのは “めでたしめでたし”のその先」という印象的なモノローグがありましたが、『1122』では結婚という〈ハッピーエンド〉の続きにある生活や問題が語られます。

 公認不倫という言葉のせいか『1122』は不倫のマンガだってすごく言われるのですが、私としては結婚のマンガのつもりなんです。あくまでいちことおとやの場合はってことになりますけど、結婚をどこまで、どうやって維持できるのかを考えてみたいんですね。不倫のようにドラマティックなテーマと比べると地味かもしれませんが、描きたいのはベースとなる結婚です。

――結婚を描くにあたって欠かせないと思っていた要素はありますか。

 家事と仕事を夫婦両方がやる家にしようとは決めていました。そこは今後の関係がどんなに変わってもおとやといちこにがんばってほしいですね。『1122』の1、2巻ではおとやが外に恋人を作って浮気をしている状況だったので、「この夫婦はもう終わっている」という感想をたくさんいただいたんですね。でも夫婦生活で「許せる/許せない」のラインは人によってかなり違う。私は不倫よりも、ご飯を作ってもらって当たり前とか食器下げるのも奥さんがやるとか靴下拾わせるとか、そういう日常のほうが夫婦生活の存続について危惧してしまうんですよね。家事をやれば何かが免罪されるわけではありませんが。

――『1122』にはおとやと志朗と言う二人の男性が登場しますが、家事へのかかわり方は対照的ですね。おとやは日々キッチンに立っているけれど、志朗は栓抜きすら妻の美月に取らせる描写がなにげないシーンの中にありました。

 男性も構えずにもっと人前で弱みを出せるようになるといいなっていう願いもこめて、おとやは弱さやかっこわるいところも人に見せられる男性として描いています。ただ、おとやはフェミニン風ではあるんだけど、あくまで「風」。男性に対して「ん?」と思う部分やずるいところも彼の中に描くようにしています。

 志朗に関しては、割と世間では多い考え方の男の人なんじゃないかなと。仕事や収入や見た目はいいんだけれど、家のことは奥さんにずずずと寄りかかっている。色々見聞きする中で、やはり男性の方が経済力があったり声が大きくて家庭内でも力の差があるんだなと感じることがあります。その違和感を美月と志朗のシーンにのせていますね。

――いちこと美月という女性のキャラクターたちにはどんな思いを持っていますか。

 美月は感情で動く人なので自分としては想像しやすいですね。結婚も不倫も、向き不向きがあるなと思うんです。特に不倫は、人生のスパイスとして取り入れられる人にはいいのかもしれないけど、感情で揺れる関係なので逃げ道が必要だなって。性格的にタフだったり、経済力や他に安定した人間関係をいくつか持っているとかね。美月みたいにそれだけに入り込んでわーっとなってしまうのは危ないんじゃないかと思いながら描いてます。
 対していちこは、感情というより感覚で動くキャラクターかなと。感情が動くエピソードは型があって作りやすいんですが、感覚の場合はもっと探りながら描くというか。物語を動かす時にいちこの場合は「これで合ってるかな?」とか「どこまで気持ちが動くんだろう」とか作者としてもちょっと考えるんですね。そうするとつい冷静にさせてしまいがちなので、なるべくいちこの感情を抑えすぎないように気をつけています。

©渡辺ペコ/講談社
©渡辺ペコ/講談社

衝撃の事件。大きく物語が動いた4巻

――最新刊となる第4巻では、美月とおとやの間に決定的な事件が起きて二組の夫婦の関係も大きく揺らぎます。この展開は当初から考えていたもの?

 はい。ちょうど『1122』のアイディアを練っていた頃に実際に似たような事件をニュースで見たりもして、イメージはかなり早くからありました。実は最初はもっと物語の序盤で描くつもりで、一巻の引きに持ってこようかと思っていたくらいなんです。でもそうするとその事件後の関係しか描けなくなってしまうので、その前にもうちょっとそれ以前のことを描いておくのが大事だなと思い直して、ようやくここまで来ました。なるべく多くの人の心に美月の気持ちがひっかかるといいなあと思います。

――これから読まれる方のためにここでは詳細には触れませんが……、読み終わった後、思わず「剣山!」と声が出ました。

 美月とおとやはお花のお稽古で知り合っているんですが、ここで剣山を出すためにそういう設定にしたんです。たまに「爆笑した」っていう感想を見かけるんですけど、そこは私もちょっと意識したところで。男女の痴情のもつれって、決して軽いものではないんだけれど、やっぱりどこかマヌケなところがありますよね。そのイメージに剣山はぴったりでした。シリアスな状況ではあるのですが、ほんのちょっと「オイオイ」とか「フフフ」と思ってもらえれば。

――繰り返し描かれる花から、美しいけれどすぐ枯れてしまったり、香りが強くて少し毒々しかったりと、ストーリーを補完するような鮮やかなイメージを受け取っていたので、逆からの発想だと伺って驚きました。

 お花はもっとちゃんと描けばよかったなとちょっと後悔してるところです。装置的に、お花とかもやってみる男性っていうのが最初の思いつきだったんですよ。生け花をモチーフに入れることになった時の取材で、生きたものを切って挿していくっていう行いの話も聞いたりしておもしろかったですね。

――コミックスの表紙に毎巻ポタポタ落ちているインクは何だろうと思っていたんですが、今回謎が解けました。

 この事件は最初から決めていたので、夫婦の姿に何か不安さを含んでいるといいなと考えてこういう表紙になりました。そんなにドロドロのストーリーにするつもりは今もないんですけど、最初に予告が出る時にも「ほっこり夫婦物語」みたいにはしないでくださいってお願いしたのを覚えてます(笑)。

©渡辺ペコ/講談社
©渡辺ペコ/講談社

ひとりひとり違う歪みがおもしろい

――「わたしの性はわたしだけのもの」など、声に出したくなる名セリフの数々も『1122』の見どころのひとつ。ペコさんのマンガには、本質にふっと触れるような言葉の力がありますよね。

 ああ、でも今まさに言ってくださった「わたしの性は〜」ってセリフは、マンガにはどうかなって思いながらもどうしても入れたかったセリフです。描けてよかった。自分の言葉さえ持っていられればとは、つねづね自分に対しても思うんですね。最新刊でいうと美月が志朗に反論をするシーンには思い入れがあります。饒舌じゃなくてもいいんだけれど、大事なところでちゃんと自分のことを主張するにはやっぱり言葉を鍛えなきゃいけない。特に家族間だと言葉はいらなくなってしまいがちだし、力の差があると弱い側が言葉を手放してしまうことが多いですよね。でも、いつも黙っていいようにされるだけじゃなくて、相手が聞いてくれなかったとしても自分の大事な表現として言葉は手放さないでほしい。美月にもいつかちゃんと自分の思っていることを言葉にしてほしいなって願いをこめて描きました。

――好きだと言いながら自分を無視する夫に対して、美月が話をしようと向かい合うシーンですね。同じように、いちこもおとやに向かって「もう嘘はいらない ほんとうのこと話してほしい」と語りかけています。

 私は家族って結構酷なものだなとも思うんです。近しくて固定した関係ってどこかグロテスク。それが必ずしも悪いわけではなくて、グロテスクで普通というか。「幸せの形はひとつだけど不幸の数は人の数だけ」というのはたしかトルストイの言葉だったか、それぞれの歪みがおもしろい。社会の中でスタンダードとされるものの中に当たり前じゃない形はいくらでもあるっていうのを、これからも少しずつ描きたいなって思ってます。『1122』でも、二人が培ってきた関係をもとにどういう夫婦生活が編み出されていくのか追いかけていくつもりです。

――それぞれの夫婦がどんな道を進んでいくのか、続きを楽しみにしています。ありがとうございました。

「好書好日」掲載記事から

>犬山紙子さん「すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある」

>萩原ケイクさん「それでも愛を誓いますか?」 子どものいないミドサー女性の心情、繊細に