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志村貴子さんインタビュー 完結した「こいいじ」の切ない片思い

文/横井周子 ©志村貴子/講談社

未来の自分にボールを投げて

――まずは『こいいじ』完結、おつかれさまでした。長い長い片思いのお話でしたが、描き終わっていかがでしたか。

 今回も大変でした。やっぱり長篇は難しいなと思いましたね。『こいいじ』は、初めての連載少女マンガということもあって、最初に担当編集者から〈片思い〉と〈長期連載〉というテーマをいただいたんです。私は一話ごとに完結するいわゆるオムニバス形式のマンガが好きなので、「それじゃダメですか?」って言ったら速攻で「ダメです!」って言われて。

――編集者は「志村さんの描くキャラクターの切ない表情が大好きで、切なければ切ないほど志村さんは絶対面白く描けると思っていた」と仰ってましたね。「オムニバスより、毎回引きがある長篇ストーリーのほうがやっぱり強いから」とも。

 もともと業の深い片思いをしている人というのは、好きなテーマなんです。報われなくって不憫な恋とか大好きで、普段から色んな妄想をたくましくしているんですけど、長篇でそれを描こうとするとほんとに難しくって。連載中いろんな人から「まめちゃんを幸せにしてあげて」って言われたんですけど、もう、そのたびにね、「えー! ……だったら、この恋諦めたほうがいいんじゃ」って思って(笑)。3巻か5巻でまとめる話じゃないかと思いながらも、10巻描かせていただきました。

©志村貴子/講談社

――いやいや、10巻あってこその切なさでした。片思いという王道のテーマですが、『こいいじ』で描かれているのは恋一直線ではなくて。第一話から、まめの誕生日と春子のお葬式という生と死の対比が描かれていたのも印象的でした。

 自分でも、第1話には「どうなることかと思ったけど、何かつかめたかもしれない」という手ごたえを感じましたね。でもその後がね……。もうずっとハアハアしてました。私はかっちりと結末まで決めて描き始めるタイプではなくって。タイムリミットがきて「きゃーまた見切り発車だわ!」って始める。よくないと思いつつもいつもそのパターンなので、長いストーリーをどう着地させるのか、連載中はとても頭を悩ませました。描きながら毎月「未来の貴子が拾ってくれるはず。頼むぞ!」ってちょっとずつ色んな方向にボールを投げるようにして。だからボールを受ける側は「もうあいつ許さない」ってことばっかり(笑)。

――未来の自分とキャッチボールをしながら、伏線をはっていくという。

 もう球拾うのに必死でした。でも、やっぱり苦手な事にもチャレンジしないとね。懲りずに長篇にはまたチャレンジしたいなとは思ってます。

30代前半のもがく時期「そこを超えるとすごーく楽になるよ」

――銭湯「すずめ湯」の娘のまめと喫茶店「casa do sorte」を営む聡ちゃんがメインキャラクターということで、『こいいじ』には銭湯と喫茶店が度々登場します。すずめ湯のモデルになった銭湯が上野にあると伺いました。

 上野にある燕湯(つばめゆ)さんですね。実は喫茶店も、燕湯のすぐそばにある「カフェ・ラパン」というお店がイメージのもとになっているんです。今は健康のために昼働いて夜寝る生活を送ってるんですけど、以前は徹夜が当たり前って感じの作業スタイルだったんです。明け方に仕事が一区切りしたら「人がいなくて道が広いなー」なんて思いながら自転車でがーっと銭湯に行って、朝風呂に入ってモーニング食べてっていうのがすごく記憶に残っていて。

――ああ、気持ちよさそうですね。

 最高ですよね。身近に銭湯や喫茶店があるといいなって憧れもあってマンガの中に描きました。

――志村さんといえば代表作『放浪息子』『青い花』などから思春期を瑞々しく描かれるイメージを持っている方も多いと思いますが、今回の主人公・まめは30代でした。

 子供時代を描くのは年々難しくなっているなぁってすごく思います。特に『放浪息子』なんかは、あの時だから描けたのかなって気がしますね。今描いたらちょっと違うテイストになるのかもしれない。自分に子供がいないっていうのもあるし、描きながら私自身も年齢を重ねてきているのでやっぱり自分が通ってきた道の一番近い記憶が描きやすいですよね。『こいいじ』のまめは、20代後半から30代前半にかけてのちょっともがく時期というか。あの頃の「もう先はない」みたいな感覚を私は忘れかけているけれど、そこを超えるとすごーく楽になるよって思いながら描いてました。

©志村貴子/講談社

――背が高くてグラマーだったりするまめちゃんの身体つきや顔だちにも、なんだか隣にいそうなリアリティがありました。

 背の高い女の子が好きなんです。でも、大きいことにコンプレックスを持っていたりとか、外見をストーリーの伏線にすることは絶対に避けようと決めていました。単純にそういう見た目の人がいるという。30代から40代くらいの微妙なラインを描けたらなーっていうのは一番考えてましたね。

 聡太の顔は難しかったです。連載が始まる前に予告カットを用意しなきゃいけなくって、まだ何も決まっていないけれど「今までに描いたことがない顔にしよう」と思ってちょっと三白眼っぽい男の人を描いて。そうやって未来の自分にボールを投げたものの、やっぱり後で「どうしよう」って(笑)。描いてて好きな顔は、聡太の弟の駿なんです。ちょっと猫目でね。

わかりやすくしすぎないように、あるがままに

――聡太には妻子があり、しかも最愛の妻を亡くしたばかり。作品の冒頭から、まめの恋は一筋縄ではいかない片思いでした。

 まめと聡太は、基本的に善良な人たち。曲がったことは好きではないから、あまり身勝手なことをしないんです。もちろんそういう人たちのことを描きたいと思って連載を始めたんですけど、なかなか進まなくて。ゆめみたいないい加減な人のほうが描きやすいんですよ。短篇だったらもうちょっとエグくなってもいいのかなって思うんですが、この話に関してはそうはいかないので。

©志村貴子/講談社

――まめのままならない恋だけではなく、ゆめの不倫の恋や、河田さんの秘められた恋など、『こいいじ』では正しいかどうかでいったら正しくないのかもしれない様々な片思いが描かれました。

 誰かの思いを断罪するようなことはなく、かといってとても清らかで尊いものとして描くわけでもなく。本当にあるがままを描こうと思いました。この人はそういう人なんだっていう感覚なんです。同時にその恋に対して割り切れない思いの人もいるよって表現もちゃんとどこかにいれたいなと思っていました。

©志村貴子/講談社

――自由人のゆめも、報われない恋や病気で亡くなった親友・春子への思いを心の中に抱えている人でしたね。

 ゆめと春子との関係は描いていて楽しかったですね。春子は死んじゃった奥さんということで出したけれども、さてどんな人だったのか。ゆめや聡太とのエピソードを描きながら少しずつ探って、最終的には大好きなキャラクターになりました。『こいいじ』ではひとつ禁じ手を設定していたんです。私はお話の中に幽霊を出すのが好きなので、映画「居酒屋ゆうれい」みたいに死んだ奥さんがずっとそばにいるパターンで描くのか、きわっきわまですごく迷って。今までだったら絶対に幽霊を描いているんだけど、最終的にこの作品ではそれをやらないでいこうと決めました。最終回も、いわゆる幽霊とはちょっと違うつもりです。

――死別の寂しさや悲しみが、静かに伝わってきました。最終話ではまめと聡太の恋の決着とともにゆめと春子の関係が描かれて、恋と生き死にを描いた第一話との対比も見どころになっています。

 死を扱うということで、描きながら何度も立ち止まりました。何か特別なものとして死を描くのは違う気がするし、人間誰もが死ぬじゃないかと思うと変にドラマチックになりすぎるのもいやだし。でも、軽率に扱ってしまっていいのかという迷いはもちろんあって……。よく言われることですが、死と子供と動物を描くと、どうしてもお涙頂戴的なものになりやすいですよね。うまくできたかはわからないけれど、そうはならないように、わかりやすくしすぎないようにって心がけながら描きました。

2019年は〈百合〉の年

――春からは「Kiss」(講談社)で早くも新連載が始まるそうですね。

 はい。新連載は、女の人同士の恋愛もの、いわゆる〈百合〉をやるつもりです。以前『娘の家出』というオムニバス形式の作品で色んなカップルの話を描いたんですが、個人的に気に入っているのはアラフィフかよさんとアラサー奈々ちゃんの年の差カップルの話だったんですね。『こいいじ』でもゆめのエピソードとしてちらっと女性との恋の過去も描いたりして、やっぱりすごくときめいて。次も大人の女性同士の話を、できれば長く描きたいなって考えています。もう第一話のプロットはできていて、ちょっとビターな感じなのかな。「Kiss」の連載作で百合がメインテーマになることはこれまであまりなかったそうなのでがんばりたいです。

――すごく楽しみです! そのほかの連載作はいかがですか。

 「FEEL YOUNG」(祥伝社)で時々描いている『ビューティフル・エブリデイ』シリーズの最新話も、近々発表予定です。それから連載中の作品の中で一番の古株の『淡島百景』がなかなか進んでいなかったんですが、3月にようやく3巻が出る予定です!

――『ビューティフル・エブリデイ』はステップファミリーの人間模様を飄々と描いたシリーズ、『淡島百景』は宝塚をおもわせる歌劇学校を舞台にした青春グラフィティ。完結したばかりの『こいいじ』はもちろん、新連載もあって、志村さんの作品をたくさん楽しめる春になりますね。これからもご活躍を楽しみにしています。ありがとうございました。