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「人間」を描いて実像に迫る 「昭和天皇物語」

 この作品がコミック誌で連載を開始したのは昨年春だ。第1話を目にしたときの清新な驚きは、いまも忘れられない。
 昭和20年9月、連合国軍最高司令官マッカーサーと天皇裕仁が初めて会ったときの様子が短く描かれると、舞台は一気に41年前へと遡る。明治37年、迪宮(みちのみや)裕仁はまだ数えで4歳だ。
 まず足立タカという女性が登場する。皇孫の養育係に抜擢された明るくて利発、情のある頑張り屋さんだ。御所の庭をタカと楽しげに走る迪宮がしゃがんだ。初めて見る草を指し「この草はなんという?」と訊く。「その草は雑草です」「ザッソウという名の草なのか?」
 ハッと気がつく。「タカが間違ってました。雑草という名の草はありません」。後に大正天皇になる父が通りかかる。しかし母の姿はない。少年の寂しげな表情を見てタカは悟る。「そうか……そうなんだわ。だから私はここに呼ばれた……?」。タカが一緒だと少年の顔は生気を帯び明るくなる。
 「人間」が描かれていることに、新鮮な衝撃を受けた。昭和天皇を論じ語るとき、多くの人は政治的な理屈や好悪を優先しがちだ。しかしこのマンガは違った。イデオロギーや先入観に縛られず、昭和天皇の実像に迫ろうという意志が伝わった。
 原作に半藤一利『昭和史』とある。半藤史観をベースにした創作と理解すればいい。半藤史観とは何か。バランスのとれた保守的な史観だ。『月下の棋士』や『哭(な)きの竜』などヒット作を生んだ能條純一が絵を描く。端正なタッチに加え、乃木希典(まれすけ)や東郷平八郎、さらには格好の悪役、山縣有朋らを大胆にデフォルメして飽きさせない。第3巻では、大正10年の欧州外遊に旅立つまでが描かれる。
 平成の終わりも間近だ。昭和はさらに遠ざかり〝歴史〟となっていく。昭和を描くには最適の頃合いかもしれない。読者も同じ。ただ懐かしむだけでなく、昭和の全体像も知りたいという気分が浸透しているようだ。朝日新聞2018年12月29日掲載
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 小学館・596~700円。既刊の3巻累計で43万5千部。第1巻は17年11月刊行。担当編集者は「主な購読者層は50代以上。普段はマンガを読まない人たちが興味を示している」。