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共感阻む「分断と格差」を越えて 朝日新聞読書面書評から

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2019年01月12日
ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史 著者:ナンシー・アイゼンバーグ 出版社:東洋書林 ジャンル:社会・文化

価格:5184円
ISBN: 9784887218253
発売⽇: 2018/10/18
サイズ: 22cm/479p

アメリカには白人最下層(ホワイト・トラッシュ)が常に存在した−。英国の植民地政策や建国の父たちの白人最下層への本音、南部の貧しい白人の疎外化や現代のホワイト・トラッシュの…

壁の向こうの住人たち アメリカの右派を覆う怒りと嘆き 著者:A.R.ホックシールド 出版社:岩波書店 ジャンル:社会・時事

価格:3132円
ISBN: 9784000613002
発売⽇: 2018/10/26
サイズ: 19cm/371,75p

アメリカは自分の国なのに、社会が急速に変わってしまい、まるで自国に暮らす異邦人の気分だ−。南部ルイジアナ州に暮らす共和党支持派の白人中間層の心情に向き合い、アメリカを分断…

ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史 [著]ナンシー・アイゼンバーグ/壁の向こうの住人たち アメリカの右派を覆う怒りと嘆き [著]A・R・ホックシールド

 米国は、格差社会である。ティーパーティー運動やウォール街のオキュパイ運動のように、「持たざる者」による抗議も少なくない。それなのにトランプの当選後、白人貧困層の苦境が新たな発見のように注目されたのはなぜか。それは、米国は平等な国だとの認識ゆえに、社会階級による分断が見逃されているからではないか。
 目をさます時だと歴史家アイゼンバーグはいう。米国では、身分の高い「貴顕」から年季奉公人や奴隷まで、階層秩序が当然視されてきた。英国から渡った貧者や無用者は底辺に止まる一方、ジェファーソンら郷紳(ジェントリー)は、人間も動物と同様、優れた血統を涵養すべきだと考えていたのである。
 人種主義や優生学が階層秩序を補強した。白人貧困層は、奇妙な肌の色をした無知で退化した種族と見られた。1927年には、「無価値な階級」の増加を抑制するために断種を勧める最高裁判決が出されている。その間、侮蔑の言葉も多く生まれた。山出し(ヒルビリー)、赤頸(レッドネック)、泥食らい(クレイイーター)……。著者は文化から政治まで、脈々と流れる差別意識を暴いていく。
 説得的だが戸惑いも強い。一体、ここまで激しく侮蔑される人々とどう向き合えば良いのだろう。彼らとの対話は可能だろうか。
 この問いに挑戦したのが社会学者ホックシールドだ。彼女が調査に赴いたのは、石油化学工業の膝下でティーパーティーの強いルイジアナ州南西部。環境汚染がひどく、無謀な掘削で家が陥没する被害が出ている場所である。連邦政府による規制や支援を最も必要とする人々がなぜ、政府の介入を嫌うのか。進歩派の著者と彼らとの間にある「共感を阻む壁」を越えることはできるのだろうか。
 丹念な調査を通じて著者が気づくのは「ディープストーリー」、つまり「心で感じる」物語の存在だ。それによると、人々は山頂には米国の夢(アメリカンドリーム)があると信じ、長い行列に辛抱強く並んでいる。長時間労働に耐え、健康を害しながらも教会や家族で助け合う。ところが前に割り込む者がいる。それは、連邦政府が優遇する黒人や女性、移民だ。人々は反発し、優遇政策をとる政府を敵視する。たまらないのは、抗議する自分たちが差別主義者と蔑まれることだ。
 共感しながらも、著者は左派にもディープストーリーがあると語る。それは富裕層を構成する1%によって、自分が大切に思う福祉政策や、学校や図書館などの公共空間が破壊されるという物語だ。もしかすると、グローバル資本主義に翻弄されている点では、右派と左派との間には思いのほか共通点があるのかもしれない。共感を阻む壁を越えようとする著者の芯の通った楽観主義が光る本だ。
    ◇
Nancy Isenberg ルイジアナ州立大教授(歴史学)。著書に『堕(お)ちた創始者:アーロン・バーの生涯』▽A.R.Hochschild カリフォルニア大バークリー校名誉教授(社会学)。著書に『管理される心』。