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第160回芥川賞・直木賞、選考を振り返る 奥泉光さん、林真理子さんが会見

(右から)上田岳弘さん、町屋良平さん、真藤順丈さん

 芥川賞は上田岳弘さんの「ニムロッド」(群像12月号)と、町屋良平さんの「1R1分34秒」(新潮11月号)のダブル受賞。直木賞は真藤順丈さんの『宝島』(講談社)が山田風太郎賞とのダブル受賞に輝いた。平成最後の選考会を振り返る。

 芥川賞は、最初の投票で受賞の2作と高山羽根子さんの「居た場所」(文芸冬号)が高い評価を集め、2度目の投票で決まった。選考委員を代表して奥泉光さんが「受賞の2作にはほとんど差がなかった」と経過を語った。

組み合わせ巧み にじむ哀惜感 上田さん

ボクサーの心リアル 言葉の力 町屋さん

 上田さんには「神話的なイメージとビットコインなどをうまく組み合わせて小説世界を編み上げた。人類の営みの終わりのイメージを最後に導入し、哀惜感がにじみ出ている」。町屋さんは「今の時代のボクサーの姿が描かれている。減量や練習に臨む心の動きがリアルで、この作家には騙(だま)されてもいいと思わせる言葉の力があった」と評された。

 次点の高山さんは「少しずつ現実からずれた世界を描くことで世界を異化し、小説に豊かさをもたらす技術には評価が高かったが、その作り方が思わせぶりだという意見もあった」。

 下位の3作には厳しい意見が大勢を占めた。鴻池留衣さんの「ジャップ・ン・ロール・ヒーロー」(新潮9月号)は「ウィキペディアの形式を使うアイデアは面白いが、仕掛けが生かされていない」、古市憲寿さんの「平成くん、さようなら」(文学界9月号)は「安楽死は本来死ぬことのできない人のためのものなのに、小説では死にたい人のためのものになっている。この扱いは雑なのではないか。先端をゆくアイテムが出てくるわりには小説自体は古めかしい」と評された。砂川文次さんの「戦場のレビヤタン」(文学界12月号)は「主人公の思弁や肉体性に新鮮さがない」とされた。

沖縄を舞台 突き抜けた明るさ 真藤さん

 直木賞は真藤さんの『宝島』に。最初の投票で、圧倒的な票を取ったという。

 芥川賞の選評会見中に発表され、奥泉さんが直木賞受賞作についても「超イチオシ。力強い語りを持った出色の作品」と講評を述べる一幕も。山田風太郎賞の選考委員として評価していたという。直木賞の講評を務めた選考委員の林真理子さんも、改めて「平成最後の直木賞にふさわしい作品」と振り返った。

 受賞作は、戦後から本土返還までの沖縄が舞台。「東京出身の人が、よくここまで書けた」という意見が多かったという。「沖縄の人が背負ってきた歴史を重く暗く描くのではなく、突き抜けた明るさで描いたのは真藤さんの才能」と絶賛した。
 今村翔吾さんの『童の神』(角川春樹事務所)は、「敗者の歴史をこれだけ面白いアイデアで描いた作品は評価されるべきだ」と熱心に推す声があったという。だが、「たくさんの登場人物が戦うゲームに似ている」との見方もあり、評価が分かれたという。

 他に評価が高かった作品は、垣根涼介さんの『信長の原理』(KADOKAWA)。「織田信長と明智光秀の人物像に新しい視点がなかったという意見もあったが、最後まで読ませてしまう筆力、小説がうまい点は一致した」

 深緑野分(のわき)さんの『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)も「戦争の悲惨さを普遍的に描いた」との高い評価があった一方、「ミステリーの要素はない方が良い」との意見が占めたという。

 森見登美彦さんの『熱帯』(文芸春秋)は、厳しい評価になった。「長すぎる」「イメージの迷路をグルグル回らされ、少し徒労感があった」といった意見が出たと説明。「根強いファンが多い方なので、もうひと頑張りしてほしい」とエールを送った。(中村真理子、宮田裕介)=朝日新聞2019年1月23日掲載