1. HOME
  2. 書評
  3. ビル・クリントンほか「大統領失踪」書評 経験者ならではのサスペンス

ビル・クリントンほか「大統領失踪」書評 経験者ならではのサスペンス

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2019年02月02日
大統領失踪 上 著者:ビル・クリントン 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152098184
発売⽇: 2018/12/05
サイズ: 20cm/330p

大統領失踪 下 著者:ビル・クリントン 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152098191
発売⽇: 2018/12/05
サイズ: 20cm/317p

大統領失踪(上・下) [著]ビル・クリントン、ジェイムズ・パタースン

 コンピューターが作動しなくなる。と、電気もガスも水道も使えない。テレビも冷暖房も冷蔵庫もエレベーターも電車もATMも。コンビニから物がなくなり銀行はパニック、家は汚物にまみれ、病院は治療不可の患者であふれる。
 ウイルスで社会を大混乱に陥れるサイバー攻撃は今や現実のものだ。核ボタンひとつの危うさに背筋を凍らせたキューバ危機は世界のどこでも起こりうる。
 本書はサイバー攻撃の危機にさらされた米国の大統領の四苦八苦の数日間を描いたクライシス・サスペンス。なにしろ著者の一人があのクリントン元大統領だから、ホワイトハウスの内情や国家間の微妙な駆け引きが小説と思えないほどの臨場感で迫ってくる。しかも共著者のパタースンはギネス世界記録にも載るほどの超ベストセラー作家だ。大統領失踪の秘密、謎の女、暗殺者、ISを思わせる「ジハードの息子たち」……敵味方が入り乱れ、銃撃戦あり裏切りありどんでん返しありのスピーディーな展開は、通俗的ではあるものの読みごたえ十分。二人のタッグが成功している。
 「現代の大いなる皮肉のひとつは」「人類の進歩が人々をより強力にすると同時に、脆弱にもするということだ」
 この指摘は意義深い。便利さゆえの不便さは、近年じわじわと私たちの暮らしを脅かしつつある。私たちはもう危機と隣り合わせに生きざるをえない。
 さて皮肉といえば――。 冒頭で大統領は聴聞会の審問をうける。国民を攻撃から救うために、苦肉の策としてとった自身の行動を黙秘しつづける。英邁なヒーローは、女性との艶聞や秘密漏洩の嫌疑をうけたわけではない。でも大統領も人の子、私情が皆無とはいえないし判断を誤るときもあるはずだ。元大統領の著書を読んで歴代(とりわけ現職)大統領の資質を問いなおしたくなるのもまた、「現代の大いなる皮肉のひとつ」と言えるかも。
    ◇
 Bill Clinton 1946年生まれ。42代米国大統領▽James Patterson 47年生まれ。米国の作家。