「絵」が故郷に帰る。最初に聞いた時は、正直ピンとこなかった。
夫に連れられて、向かったのは奄美大島。昨年5月のことだった。奄美大島にある田中一村記念美術館で開かれた絵画展「ふるさと、奄美に帰る」に行くためだ。
展示されていたのは、国立ハンセン病療養所菊池恵楓園にある絵画クラブ「金陽会」の作品たち。「らい予防法」という悪法のもと、ハンセン病に罹患したというだけで、故郷から遠く離れた療養所に無理やり入所させられた人々が描いた絵だった。
色鮮やかな魚たちの絵ととともに「自由でいいな」と書かれた作品(奥井喜美直さんの作品でタイトルは不明。段ボールに描かれている)や、記憶を頼りに奄美の風景を描いた作品(大山清長さんの油絵『奄美風景』)などが並んでいた。
奄美大島出身である奥井さん(1932-2008)と大山さん(1923-2015)の絵を見ながら、どんな思いで絵を描いたのだろうと想像する。故郷への思いをきっと筆にぶつけるしかなかったはずだ。ご本人はもう天国に逝ってしまったが、残された絵だけがこうして奄美へ帰ってきた。
この企画の中心となったのは、もともと熊本市現代美術館の主任学芸員をしていた藏座江美さんだ。
藏座さんは金陽会の作品や入所者たちとの出会いをきっかけに、学芸員の職を辞してまで、療養所などに残る絵画作品を収集・整理する活動をし、各地を回っている。「ご本人に代わり、せめて絵だけでも里帰りさせたい。少しでも多くの人に、絵を見てもらいたい」。託された思いを胸に活動を続け、そして今回、2年の準備期間を経て、「里帰り」を成し遂げた。
原田マハによる小説『旅屋 おかえり』(集英社文庫)を読んだ。
主人公の“おかえり”こと丘えりかは、売れないアラサータレント。テレビの旅番組を打ち切られた彼女が始めたのは、人の代わりに旅をする仕事だった。「闘病生活を続ける娘の代わりに旅に出て欲しい」、「妹のお墓参りへ行って欲しい」…そんな切実な依頼を受けたおかえりは、旅に出て、出会う人々を笑顔に変えていく。
考えてみると、旅することって、偶然でもあり、奇跡でもあるんですよね。164ページ
なつかしくて美しい風景、ささやかだけどあったかい出会いがあるから、旅に出たいと思う。そして、「いってらっしゃい」と送り出してくれて、「おかえり」と迎えてくれる誰かがいるから、旅は完結するんだ。そんなふうに思いました。170ページ
この小説を読んだ時、私は藏座さんのことをぼんやりと思い出した。誰かの思いを託された旅。使命感を持って歩み続ける旅。そして、旅先で新たに出会いと笑顔を生んでいく旅。そんな旅があることを教わった。
藏座さんの旅はきっとこれからも続く。