香りは、秘められた、ごく私的な記憶、イメージと密接に結びつく。プルーストの『失われた時を求めて』が描くように、香りはこつぜんと過去のイメージを呼び覚ます。演出家・作家の久世光彦も随筆集『花迷宮』で、昭和天皇とキンモクセイの香りの断ちがたい絡まり合いを明かしている。
古今東西、香りは様々に記されてきた。ことに日本の美意識は嗅覚(きゅうかく)的体験を雅致豊かな「香道」にまで洗練させた。内野花著『日本を彩る香りの記憶』(大阪大学出版会・1728円)は、歴史を一望しながら香りの魅力を紹介する“履歴書”だ。古代の「日本書紀」から近代へとひろげ、「祈り」「恋」「バサラ・カブキたち」「義」など項目立てを工夫している。沈香(じんこう)、丁子(ちょうじ)、白檀(びゃくだん)、薫陸(くんろく)、麝香(じゃこう)……。装束に香を薫習させた貴族の奥ゆかしさ、伽羅(きゃら)を惜しげもなく火にくべたバサラの豪放さなど、文化的表徴は興味が尽きない。
アロマが生活を彩る昨今。本書は、心の平穏を、官能の揺さぶりを導く香りの知見を磨くための入門書といえる。(米原範彦)=朝日新聞2019年2月16日掲載
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