辻村さんの授業は、生徒たちが宿題として考えてきた「松山北高が舞台の物語のあらすじ」の講評で幕を開けた。同高は今年で創立119年を迎える伝統校。生徒たちが日常を舞台に考えた「学園物」とは?「司馬遼太郎の『坂の上の雲』の主人公、秋山好古がタイムスリップするお話もありました。明治の偉人が4代目の校長先生だったなんて、すごいですね」と辻村さん。男女両方の目線で書かれたラブストーリー、校庭に落下した隕石から現れた生命体と戦うSF。力作そろいに「登場人物をイラストで解説したり、人物相関図を作ってくれたり。発想が自由で、想定以上の面白さでした!」と目を輝かせた。
さっそく辻村さんは、ホワイトボードに新たな課題を書き付けた。「日常から離れた『異世界』『どこか』を舞台に物語を考えよう」。
どんな場所を舞台に、どんな話にしたいか。最初と最後の一行はどうなるか。10班に分かれて考える。個人で取り組んだ宿題とは異なり、学年混合のグループワーク。みんな遠慮がちだ。「難しい?」辻村さんが各班をまわり笑顔で話しかけると、生徒たちの表情がほどけた。上級生や、作家志望の生徒などが自然と仕切り役になり、「ゲームの世界に入りたいと思わない?」「異世界への移動手段は、転生か転送かな?」など、意見が交わされ、出来上がった「異世界の物語」を、班の代表が発表することになった。
目の前にある現実を疑うことから異世界を生んだのは「哲学が好き」という班。すべての人間が機械に操作されているという設定で、物語を考えた。機械が壊れ、操られていることを自覚した主人公だが、機械の力は記憶にも及び、果たして最後の一行は「あれ? 何かあった気がすんだよなぁ」。「私も高校時代SFが大好きでした」と辻村さん。「今生きていることがあたりまえではないのではと疑問を持つ、10代ならではの気付きがある作品ですね」
「日常生活とかけ離れているから」と、「遊園地」を異世界と捉えた班もあった。「目の付けどころがすごいですね。結婚式場やアニメ制作の仕事を小説にしたことがありますが、プロの世界は、私にとって異世界でした」と辻村さん。
「よくこの短時間でまとめましたね!」と辻村さんをうならせた班も。朝が嫌いな主人公が、ゲームの世界に入り込み、怪物から光を取り戻すために戦う。現実に戻った主人公は朝の光を全身に浴び「案外悪くない気分だ」。「行きて帰りし物語ですね。異世界で様々な経験をして日常に帰ってきた時、気付きがあり、前に進んでいる。お手本のような作品です」
課題に気付かされた班もあった。「気付いたら犬になっていた」と、「生類憐みの令」でおなじみの徳川綱吉を犬の姿で現代にタイムスリップさせた班。そして中世ヨーロッパを舞台に、魔法使いが国を統一する物語を考えた班だ。「中世は何年で、国はどこ?」という辻村さんの質問に、ハッとなった。そこまでは考えていなかった!
「私自身も、ここではないどこか“異世界”を舞台に小説を書くことが多いので、心がけていることがあります」と、辻村さんは、大正時代から現代までを描いた『東京會舘とわたし』や、脚本を担当した映画『ドラえもん のび太の月面探査記』などを例に挙げた。時代背景や科学的事実をきちんと理解した上での物語作りをしているという。「歴史上の人物に会うとなると、現代語は通じるのか、言葉の問題をクリアする必要が出てくる。ファンタジーなら何でもありと思われがちですが、作った世界にあらがあると、書くことから逃げていると思われる。現実を書くよりも、ずっと難しいんです」
「物語の世界に正解はありません」と辻村さん。「小説を書いたら、自分の言葉に責任を持って意見をくれる、信頼できる友だちに読んでもらって。みんなが互いに意見を言い合えるのが、良い物語です」(ライター・岡沢香寿美、写真家・御堂義乗)