1. HOME
  2. コラム
  3. 季節の地図
  4. 寒いときの暮らし 柴崎友香

寒いときの暮らし 柴崎友香

 スイスとドイツとロシアに行ってきた。どこも、初めての場所だ。文学関係の仕事で外国に行くと「あの人はどこでも行けるらしい」と認識されるのか、声をかけてもらうことが増え、全部OKしていたらいちばん寒い時期に寒い国へ行くことになった。
 防寒対策万全の大荷物で行ったところ、寒気はアメリカへ流れたのか、暖冬だった。それでも、最高気温で0℃前後。ときおり雪や冷たい雨の降る曇天続きで、いちばん北のサンクトペテルブルクでは、川も海も凍っていた。
 寒い地方は家の中は暖かい、日本のほうがむしろ寒いと聞くので確かめたかったのだが、想像以上だった。部屋の中は、全然寒くない。壁の断熱も違うし、窓は二重や三重になっている。なにより驚いたのは講演で何か所か訪れた大学で、一歩校舎の中に入れば、廊下も階段もトイレさえも寒くない。モスクワの大学では校舎に入ってすぐにコートを預けるクロークがある。つまり、校内はどこも上着なしで過ごせるのだ。
 ドイツのホテルでは、バスルームが床暖房だった。日本では冬に風呂場の温度差で心臓発作を起こす話もよく聞くから、寒さに震えて慌てなくていい風呂場は感動すらした。もちろん、日本の家屋は蒸し暑い夏に合わせて風通しよく作られてきた経緯がある。しかし現在は夏も冷房の効率が高いほうがいい。それに長く建物を使い続けられるのもいいなあ、と歴史ある建物ばかりの街並みを見て思う。
 室内は暖かったが、慣れない気候で早々に風邪を引き、ドイツに一週間もいたのに観光には行けず、ビールの一杯も飲めなかったのが心残りだ。そして、こうして外国の話を書くのは今まで行ったことがなくてなんでも物珍しいからなのだが、すごく旅行する人みたいに思われがちになり、旅慣れず毎回右往左往して出発の前日は泣きながら荷造りしている実体(形容でなくほんとに)とギャップが大きくなっていく。=朝日新聞2019年3月4日掲載