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プロバスケ選手・篠山竜青さんが語る「SLAM DUNK」の魅力(前編)

文:熊坂麻美、写真:斉藤順子

SLAM DUNKを読むことがメンタルトレーニングになる

――ともにバスケ人生を歩んできた『SLAM DUNK』について、存分にお話いただきたいです。

 作品が大きすぎるのと、自分が好きすぎるのとで、語りきれるか心配ですが(笑)。最近、ちょっと悔しいというか歯がゆいことがあって。『SLAM DUNK』はバスケットをやっている人間にとって“バイブル”とされる作品ですけど、Bリーガーのなかで読んだことがないという若手が増えてきたんです。信じられますか? バスケットマンとして、僕は許せませんよ。

――そうなんですか! バスケをやる人で『SLAM DUNK』を読まない人はいないと、当たり前のように思っていました。

 これまでは絶対的にそうだったんです。でもここ数年で『あひるの空』や『黒子のバスケ』など新しいバスケ漫画が出てきて、みんなそっちを読んでいる。バスケ漫画が流行って、いろいろおもしろい作品が出てくるのはすごくいいことですけど、でもそれは『SLAM DUNK』あってこその流れ。「原点はここだぞ!」ということを、若手Bリーガーはもちろん、中高生たちにも訴えかけたい気持ちでいっぱいです。

 『SLAM DUNK』は単純におもしろいだけでなく、僕らスポーツをやっている人間にとって、読むだけでメンタルトレーニングになるような深い作品ですし、スポーツをやっていなくても、精神的な学びや気づきがたくさん得られると思います。とにかくどんな人にも読んでほしい。それくらいすごい作品です。

――篠山さんが『SLAM DUNK』から学んだことを教えてください。たくさんあると思いますが……。

 はい、ここでは言い切れません(笑)。絞るなら、まずは名言としてもよくあがる「あきらめたらそこで試合終了」という安西監督の言葉ですね。これはもう説明不要で、どんなスポーツでも基本になる部分だと思います。あとは、ひとりひとりが個人プレーに走らず、味方を生かしながら連携してプレーすることで、チーム力が2倍にも3倍にもなるということ。

 「最後まであきらめない」とか「味方を生かす」って、一見当たり前だけどすごく大事なことです。『SLAM DUNK』は、試合展開やプレーヤーの心情など、すべての描写やセリフが生々しいから、こういう「大事なこと」がより心に迫ってくる。それがすごいところだと思います。必殺技とか、ありえないプレーがひとつもない。リアルをとことん追求しているのも特徴ですよね。

――この作品は神奈川が舞台です。神奈川出身の篠山さんはそういう意味でも親近感があったのかなと。

 そうですね。県大会の試合会場として描かれている体育館は県内に実在している体育館です。中学のときは大きい大会になるとそこで試合ができたので「スラムダンクの体育館だ!」とうれしかったのを覚えています。

名言だらけのSLAM DUNK 「泥にまみれろよ」は深すぎる

――キャラではとくに誰が好きですか? やっぱり同じポイントガードで同じ背番号7番の宮城リョータに思い入れがありますか?

 リョーちんはもちろん好きです。でも全員カッコよくて好きなんで、ひとりは選べないですね。プレーヤーだけじゃなくて、花道の友達の水戸洋平とか三井の不良仲間だった鉄男もいいんすよねぇ。絵のカッコよさもあるけど、キャラが全員魅力的すぎる。どうしてもひとり挙げるなら、井上雄彦さんです(笑)。

 ポジションでいえば、出てくるポイントガードは、リョーちんも、翔陽の藤真や海南の牧、山王の深津もみんな微妙にプレースタイルが違うので、そういうおもしろさもあります。彼らのいいとこどりをしたようなガードになりたいと、ずっと思ってやってきました。

――キャラ同様に、ベストワンの試合も選ぶのはむずかしいでしょうか。

 全部の試合がそれぞれいいんすよねぇ。でもやっぱり最後の山王戦は特別よかった。湘北のメンバーがいろんな葛藤を乗り越えて、試合の中で成長するところが一番描かれているので、見ていてしびれますね。

――山王戦で印象に残っているシーンはありますか?

 とくに印象的だったのは、陵南の魚住が板前の格好で登場するシーンです。この試合で、湘北の赤木は山王の最強センター・河田にこてんぱんにやられます。焦りで周りが見えなくなった赤木は、無理やりダンクにいこうとしてファールをとられて倒れ込んでしまうんです。大黒柱の赤木がズタボロになってチームの雰囲気も下がっているところに、魚住が我慢できずに乱入します。そこで赤木に言うんです。「華麗な技を持つ河田は鯛。お前は鰈だ。泥にまみれろよ」って。

 それは、自分は河田に敵わなくても、体を張って味方を引き立てろってこと。赤木は魚住の言葉で自分を取り戻し、三井のディフェンスをスクリーンでブロック。ノーマークになった三井はスリーポイントを決めます。この「味方を生かす」赤木のワンプレーで湘北は息を吹き返すんです。そして、1対1しか頭になかった流川も終盤、パスをして味方を生かすことで自分のオフェンス力が上がり、最後は花道にアシストしてそれが決勝点になる。魚住の「泥にまみれろよ」は、こうした流れのきっかけになった言葉。名言だらけの『SLAM DUNK』の中でも、チームスポーツの醍醐味を象徴するような深い言葉だと思います。

――たしかに、今のお話を聞くと納得です。それにしても細かいところまでよく覚えていますね。篠山さんの解説で、一連の流れを思い出しました。板前姿の魚住のシーンも……。

 魚住は高校バスケを引退したら家業を継いで、板前になる約束をお父さんとしているんです(笑)。本当に数えきれないほど読んでいるので、設定や試合展開、セリフはほぼ覚えています。何度読んでもおもしろいし感動しますね。なんなんすかね、なんでこんなに素晴らしいんですかね。

SLAM DUNKのその後を妄想 やっぱり続きが読みたい!

――コミックス24巻の井上先生の近況コメントに、「バスケットボールが上手くなりたい。もっとドリブルが上手くなりたい。左右同じようにできるようになりたい。もっとパスが上手くなりたい。いつも周りが見えるようになりたい。(中略)みんなはどう?」とあって、なんだか感動しました。『SLAM DUNK』には、井上先生の純粋なバスケ愛がつまっている気がします。

 それはありますね。それこそ、疲れているときとか練習に行きたくないときに読むと、またバスケがやりたくなってくるんですよ。花道とかみんなの「バスケが好き」「バスケは楽しい」っていう気持ちをもらっているんだと思う。つまりそれは、井上雄彦さんの思いでもあるというか。

――疲れているとき以外には、どんなときに読みますか?

 大事な試合の前、気持ちを盛り上げるために読むこともあるし、バスケットに悩んでいるときにもつい手に取っちゃいます。

 ちょっと前にニーチェの名言集が流行りましたよね。ぱっと開いたところにそのとき自分に必要な言葉が書かれている、っていう。僕にとって『SLAM DUNK』はあんな感じかも。1巻から31巻までどこを開いても、ささることが描いてある。シュートを決めたときの喜びやディフェンスの大切さ、そういうささいなことも含めて、大事なことに気づかせてくれるし、いまだにすごく助けられています。

――昨年、朝日新聞の企画で井上先生と篠山さんは対談されましたね。いかがでしたか?

 一生の思い出です。夢にも見なかったことが実現して、バスケットをやっていてよかったと心から思いました。井上さんはめちゃくちゃ成功している人なのに偉そうな感じがまったくなくて、いい意味ですごく普通で。「あのプレーどうやってやるの?」とか聞いてくれたりして。気さくなんだけど人間がすごく大きいというか、深みのある人。自分もこんなおじさんになれたらいいなと思いました(笑)。

 いろんなタイプのポイントガードが出てくる理由を、そこで井上さんに聞いてみたんです。そしたら、自分がポイントガードをちゃんとできなかったから「司令塔」にすごく憧れがあって描き分けていると。さっき、バスケ愛って話がありましたけど、本当にバスケが大好きな人が、自分がやってきたこと、やりきれなかったことを、花道たちにやらせているんですよね。それがすごく印象的でした。あと、今だったらもっと描けると言っていて。

――『SLAM DUNK』をですか?

 そうですよ! 前よりバスケの知識も増えたから、技術的なところを含めてもっと描けると言っていたんです。見たいっすよね。みんなが待ってますよ。自分は3年になったリョーちんはもっといいポイントガードになるんだろうなとか、陵南の仙道はどこまで洗練されていくのかなとか、ずっと妄想してきたんです。どんなですかね? 考えただけでもドキドキしちゃいますね。

>後編「日本バスケットはいま、進化のとき」はこちら