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相馬で磯の香りを味わう 西村健

 2年前、角川春樹事務所から『最果ての街』という長編小説を上梓(じょうし)した。「東京最大の労働者の街」山谷(さんや)が舞台だが、東日本大震災の原発事故が重要なテーマになる。担当の編集者と現地取材を敢行した。福島県相馬(そうま)市のNPO法人『野馬土(のまど)』が「原発20km圏内ツアー」を主催しているというので、参加しに行ったのである。
 相馬駅を通るJR常磐(じょうばん)線は今も一部が不通だが、当時はもっと分断されていた。仕方がないので東北新幹線で福島駅まで北上し、レンタカーを借りて東の海側へ。延々の山道を越えて相馬に達した。ホテルにチェックインすると何か食べようと、街中に出た。
 初めての相馬である。駅前は静かな感じだったが、それが震災のためなのか、元からこうだったのかは分からない。そもそもその日は、日曜だった。
 駅からちょっと歩くと、税務署やハローワークなどがあった。日曜だからひっそりしているが、どうやらこの辺りは官庁街らしい。すると近くには呑(の)み屋街がある、と見当をつけた。地方都市では収入の安定した公務員は、お店にとってありがたい固定客なのだ。
 ただ、閉まっている店も多い。しばらくウロウロするとお濠(ほり)の跡にぶつかった。ここは元々、中村(なかむら)藩の城下町なのである。この先に何かありそうだったが、ホテルから離れ過ぎてしまう。
 ちょっと引き返そうとして路地を覗(のぞ)き込むと、店の看板が目に飛び込んで来た。とたんにピンと来た。こういう時、私の鼻は利くのである。
 暖簾(のれん)をくぐって戸を開けた。カウンターに先客は、2組。女将(おかみ)さんが一人で切り盛りしている店らしい。入って左手に小上がりもあったが、一人でやっているのだからこちらの方がよかろう、と私らもカウンターに着いた。
 カウンターの上には大皿料理が並んでいたが、私は黒板に書かれた「今日のオススメ」に注目した。メヒカリの唐揚げは絶対、頼むとしてあの、海苔(のり)の天ぷらってどういう料理だろう?
 生ビールから日本酒に移った頃合いに、出て来た。焼いた一枚海苔に衣をつけて揚げるのかと思ったら、さにあらず。何と焼く前の海藻状態から直接、揚げてあるのだ。噛(か)むと衣の中から、潮の香りが口一杯に広がる。あぁ、堪(たま)らない。やはりこの店、大正解!
 翌日のツアーでは原発事故の影響で未(いま)だ震災直後のまま放置された荒地を巡った。はっきり言って心が沈んだ。
 そこでその夜も再び、同じ居酒屋に行った。当日のツアーのガイドと運転手役、三浦広志(みうらひろし)『野馬土』代表理事も誘うと合流してくれた。
 前日と同じく海苔の天ぷらを頼んで、乾杯を交わした。その日の感想を語り合い、大いに盛り上がった。今も忘れられない、大切な思い出である。=朝日新聞2019年3月16日掲載