この作品の連載が「花椿」のサイトで突然はじまった時の、周囲の女性たちのざわつきは特筆すべきものだった。
物語の主人公「ダルちゃん」こと、二十四歳の派遣社員丸山成美は、実は「ダルダル星人」である。彼女は“ふつう”の人間に毎日“擬態”をすることで、なんとか学校や会社、ひいては社会に紛れ込んで生きている。自らの異形さに早くから自覚的だったゆえに、同調圧力に屈する態度を唯一のサバイバル法と肝に銘じ、“擬態”が成功していれば「生きてていいんだ」と安堵(あんど)する。
このダルちゃんが私を含む、多くの女性の心をざわつかせたのは、彼女のことをよく知っていたからだろう。まるで自分のことのように。ただそれは、生易しい読書体験ではなく、“イタイ”共感であり、“イタイ”気づきだ。女性蔑視を隠そうともしない男性社員スギタに愛敬を振りまくことで、うまくその場をしのげていると得意になっているダルちゃんは、二十代の頃の私自身のようで、忘れていた記憶を次々と掘り起こし、いたたまれない。三十代の今の私は、そんな彼女にはがゆさを覚え、守ってやらなければと厳しい言葉を投げかける先輩社員のサトウさんの気持ちがよくわかる。『ダルちゃん』が世代を超えて読まれているのは、日本の女性がダルちゃんであり、サトウさんでもあるからではないだろうか。だからこそ、この二人の間に築かれる友情がうれしくてたまらないのだ。
後半、ダルちゃんは彼女自身の「声」を見つける。まっすぐで、時に利己的な自己と向き合いながら、「生きることを許されているような気持ち」と感じる彼女は、もはや別人だ。それでも、私の中のサトウさんは、歪(いびつ)さと頑(かたくな)さを内包し、自由になる過程でさえ不自由なダルちゃんに、やはりはがゆくなる。他のダルダル星人の大半が男性として描かれているのにも引っかかる。未来のダルちゃんはどんな姿に脱皮しているのか。
松田青子(作家・翻訳家)
◇
小学館・各918円=2刷累計10万部。18年12月刊行。オールカラーの漫画。20~30代女性に広まり、40代以上からは「20代のころに読みたかった」「娘に読ませたい」という感想も。=朝日新聞2019年3月30日掲載
編集部一押し!
- 新書速報 金融史の視点から社会構造も炙り出す「三井大坂両替店」 田中大喜の新書速報 田中大喜
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 彩坂美月さん「double~彼岸荘の殺人~」インタビュー 幽霊屋敷ホラーの新機軸に挑む 朝宮運河
-
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社
- インタビュー 「エドワード・サイード ある批評家の残響」中井亜佐子さんインタビュー 研究・批評通じパレスチナを発信した生涯 篠原諄也
- BLことはじめ BL担当書店員の気になる一冊【2024年1月〜3月の近刊&新刊より】 井上將利
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 加速する冤罪ミステリー「兎は薄氷に駆ける」 親子二代にわたる悲劇、貴志祐介の読ませる技巧に驚く(第12回) 杉江松恋
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社