結婚したいのに、ピンとくる人がいない。そんな人は少なくないのではないだろうか。では、ピンとこないのはなぜ――。作家生活15年を迎えた辻村深月さんが、新作の長編小説『傲慢(ごうまん)と善良』(朝日新聞出版)を出した。ミステリーの要素も織り込んだ“恋愛小説”として、現代の婚活事情の息苦しさを丁寧に描いた。
人を点数化するつらさ、強い自己愛
物語の主人公は、婚活アプリで出会い、2年後に婚約した30代の男女だ。西澤架(かける)は東京生まれで、ルックスが良い。「いつでも結婚できる」と思っていたが、気が付くと周りは結婚し、自分だけ独身になっていた。坂庭真実は群馬・前橋で育ち、真面目な性格。進学先なども、母の言う通りにして生きてきた。
物語は架の視点で始まる。過去の恋愛を引きずっていた架に結婚を決断させたのは、真実がストーカー被害に遭ったこと。だが、真実は突如、姿を消す。手がかりを探すうちに、架は真実の過去を知っていくことになる。
婚活を題材にしたのは、自身が30代になり、男か女か、都会か地方かなどを問わず、婚活の話を聞くようになったことがきっかけだという。「譲れないと思う価値観や育った環境など、人の生き方すべてが出る場なんだな、と思った」
タイトルは、ジェーン・オースティンの名作『高慢と偏見』から想を得た。18世紀末の英国が舞台の恋愛小説で、大学生の時に初めて読んだという。
「昔読んだ時は、身分ある男性はプライドが高くて高慢、女性は男性に対して偏見を抱く、という話だと思っていました。でも、改めて読み返すと、男性にも女性にも、それぞれ高慢と偏見があることに気がついた。今の日本の婚活や結婚の障害は何か。それがタイトルになると思いました」
多くの人に「『傲慢』は分かるんですけど、なぜ『善良』?」と聞かれたという。
「善良さは鈍感や無知、思考停止とも言えるかもしれない。親や誰かの言う通りにしてきた『良い子』にとって、悪意や打算を知らずに自分で行動する恋愛や婚活はきっと大変なのでは、と」
真実が通っていた結婚相談所を仕切る女性、小野里のこんな言葉が胸に刺さる。
「無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は、“ピンとこない”と言います。――私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の値段とは釣り合わない」
「婚活は相手を、恋愛対象を超えて、結婚対象と見る。次に会うかどうかを決めるのも、他の人との比較です。だから無意識に相手を点数化せざるを得ない。誰も人に対してそんなことしたくない。婚活の息苦しさだと思います」
また、小野里はこうも言う。
「(婚活がうまくいかない人は)皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです」
読者からの共感の声が多かった言葉だという。「架は人生を絶対に失敗したくないと思っているので、真実と2年付き合っても、踏み切れなかった。自己愛が強いから傲慢な行動をとってしまう」
後半は、逆に真実の視点で語られる。架が傲慢、真実が善良という関係性に変化が生じ、終盤のどんでん返しに。真実は一体どこで、誰といるのか。自己愛たっぷりの婚活は、「大恋愛」へと変わっていく。
今年でデビュー15周年。昨年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞し、今年は脚本担当として関わった「映画ドラえもん のび太の月面探査記」がヒット中だ。
「毎回新しいことに挑むなかで、どんなジャンルのものを書いても『辻村深月だ』と受け入れてもらえている。信頼して本を買ってもらえるようになったことがうれしい。幸せな15年を読者の方と一緒に歩いてこられたと思っています」(宮田裕介)=朝日新聞2019年4月17日掲載