1. HOME
  2. コラム
  3. 大好きだった
  4. ピンクのもやの向こうに宇宙があった 紅玉いづきさんが大晦日に見ていたドラえもん映画

ピンクのもやの向こうに宇宙があった 紅玉いづきさんが大晦日に見ていたドラえもん映画

 初めて見た映画のタイトルは、不思議とよく覚えている。「まじかる☆タルるートくん」だった。中身は覚えていないけれど、映画館の売店で下敷きを買ってもらった。フルカラーの、綺麗な絵柄の。それが、通いはじめたばかりの小学校で小さな自慢だった。誰もこんなの持っていない、と思っていた。

 それから十代の頃は、映画館の記憶がほとんどない。

 映画鑑賞というものは、環境に左右されるものだと思う。生活圏内にほとんど映画館がなく、家族も映画館に行く習慣がなかった。お年玉もお小遣いも、すべて本に消えてしまっていたから、自分から行きたいと思ったこともなかった気がする。ジブリのようなアニメを数本連れていってもらった程度。

 二十歳を過ぎた頃に、徒歩圏内に映画館が出来た。友達と映画に行くことを覚えた。ほどなく、ひとりでも。満席ということが滅多にない地方都市の映画館は、ぶらりと行けば必ず楽しみを提供してくれる、魔法の箱だった。

 それから、映画がとても身近なものになり、結婚をしてどの街に行っても、ひとりでたまに映画を見ていた。数年後子供を産んで、育った街にまた帰ってきた。

 はじめて子供と見た映画は、「おかあさんといっしょ」で、映画館を怖がらないということがわかったので、ずいぶんハードルが下がった。それでも、先日公開された「ドラえもん のび太の月面探査記」を一緒に見に行くのにはためらった。予告も含めて、2時間。2歳の娘の集中力がもつだろうかと心配だったけれど、彼女は全く騒ぐことなく夢中になって見ていた。映画はもちろん私にも面白くて、子供の目を盗んで泣いてしまった。

 そうこうしながら思い出していたのは小さな時に見た、ドラえもん映画のこと。

 幼少期、夜の早寝は厳守で、9時には布団に入っていなければいけなかった。唯一夜更かしをしてもいいのは大晦日の夜。その夜は布団に寝転がって、兄と一緒にドラえもん映画を見ることができた。今はもうないビデオカセットで、多分、いつかの録画だったのだろう。毎年同じビデオを見ていた

 あれは、確か、そう、「ドラえもん のび太とアニマル惑星」だった。

 内容は、やっぱりよく覚えていない。

 ピンクのもやがでてきて……動物の耳をつけて……。

 毎年見ていたのだから、すっかり覚えているか、飽きてしまいそうなものなのだけれど、ただ楽しく、あのすり切れたビデオテープの感触が、大晦日の特別感もあいまって、キラキラした思い出として残っている。

 今あの映画を見たら、どんな感想を持つだろうか。まあたぶん、今見るときは子供と一緒で、だから子供の反応ばかり印象に残ってしまいそうだけれど。

 暗がりの中に、ぼんやりと浮かぶ。

 今の映画も、昔のビデオカセットも。

 2歳の娘が、ドラえもんの映画を、この映画館の体験を、私のあの大晦日の夜みたいに、特別なものとして覚えていてくれたらいい、と思う。

 私にとってはそれこそ、ピンクのもやの向こうに広がる、宇宙の話みたいだった。