1. HOME
  2. インタビュー
  3. 「ブス」って言葉、使っちゃダメですか? 相席スタート・山﨑ケイさん、税理士・田村麻美さんが語るブス論

「ブス」って言葉、使っちゃダメですか? 相席スタート・山﨑ケイさん、税理士・田村麻美さんが語るブス論

文:岩本恵美、写真:樋口涼

私たち、モテたいブスです

――田村さんは著書『ブスのマーケティング戦略』で、「ブス」を「見た目を武器にできない人」と定義していますが、山﨑さんが考える「ブス」の定義は何でしょう?

山﨑ケイ(以下、山﨑):基本的には、容姿ですよね。ドラマでは内面でしたけど、私としてはまずはやっぱり外見のこと。ブスにもいろいろありますけど、自分はきれいにしようという意思のあるブスでいたいと思っています。

――そういった向上心があることを含め、お二人ともに共通しているのが「ブス」ということを受け止めたうえで、努力を惜しまないことです。そして、モチベーションが「モテたい」というところにありますよね。

山﨑:そうですね。

田村麻美(以下、田村):モテたいのは本能ですから。

山﨑:私は芸人になってから、自分がこの場面でどういう商品価値があるのかって考えるようになって、そこから「ちょうどいいブス」という考え方に至りました。でも田村さんは芸人でもないのに、自分自身を商品として考えてマーケティングしたっていうのはすごいですね。

田村:いえ、マーケティングと結びつけたのは後付け、結果論です。マーケティングを意識し始めたのは、税理士をやっていて経営相談を受けたことがきっかけでした。独りよがりな商品を売ろうとするお客様を見て「自分だったらその商品買いますか?」という話をする中で、自分の人生を振り返ってみたんですよ。そしたら、合コンに行って反応が悪かったら見た目を変えていこうとか、話し方を変えてみようとかやっていたなと思って。トライ&エラーを繰り返して、自分自身をここまで改良してきたんですよね。自分の人生で無意識にマーケティングをやっていたという。

ブスにも多様性がある

――『ちょうどいいブスのススメ』を読んでいて面白いと思ったのが尼神インターの誠子さんとの対談で、誠子さんは山﨑さんや田村さんとはまた違うブスなんですよね。モテをそこまで意識していない。自分も誠子さん寄りのブスだと気づきました。

山﨑・田村:そんなことないですよ、一応(笑)。

――お約束の返し、ありがとうございます(笑)。「ブス」とひと口に言っても、「モテたいブス」もいれば「そうでもないブス」がいるように、いろいろだよなと思うわけです。誠子さんとの対談で「先天性ブス」「後天性ブス」という言葉が出ていましたけど、「ブス」を自覚するタイミングによってもブス観は変わってくるのかもしれないですね。

山﨑:私は学生時代にあまり男性と接してこなかったから、モテたいと思ったのもけっこう後。だからかな、芸人になるまで「自分は美人じゃないけどブスでもない」と信じている部分があったんですよね。男の人がいるから「ブス」って感覚が出てくるのかなとも思います。もし、女の人しかいない社会だったら、美人とかブスとかあまり関係ないのかも。

田村:私はわりと早めですね。小学校に入ってから周りから「ブス、ブス」言われ始めて。

山﨑:えー! 「ブス」って直接言われることあります?

田村:私って、頭が異様にデカイんですよ。小学生が被る黄色い帽子とか、みんなと一緒のものを身に付けると際立っちゃうタイプで……。やっぱり小学生の男子って、言っちゃうじゃないですか。親からはずっと「かわいい」と言われてきたので、初めて「ブス」って言われた時に、「何、その言葉?」ってなって。私、真面目なので辞書で調べました(笑)。

山﨑:誠子ちゃんもブスの自覚が早くて、「ブス」って直接言われたって言っていたから、直接言われるとやっぱり早めに自覚するのかもしれないですね。

田村:そこで確かに腐ることもできたんですけど、本能的に異性への興味がすごくあって、男性と接触するには私はこれからどうしたらいいんだろうと、努力していくポジティブなブスになりました。

山﨑:「ブス」って言われたのは小学生の時だけですか?

田村:基本的には小・中とずっと言われていたような。ただ、やっぱり「ブス」って言われるのは辛いじゃないですか。なので、「ブス」って言われないためにはどうすればいいんだろうと考えて、勉強を頑張ったんです。そしたら、「勉強ができるブス」になったので、「あいつは勉強ができる」って、あまり「ブス」と言われなくなりました。

――「勉強ができる」ことを自分の主な特徴にシフトさせたんですね。

田村:はい。ただのブスじゃなくて頭のいいブス。そうやってどんどん自分に武器をつけていった感じです。そう考えると、「ブス」って見た目や中身もそうですけど、ただの個性なんですよね。ものすごい綺麗事を言っていますけど。

山﨑:いやいや、めっちゃわかります。

田村:その個性を客観的にどう受け止めるか、自分でどこまで解釈して認識するかによって今後の自分の方向性が変わってくる。自分次第ですよね。

「ありのまま」でもいいけれど……

山﨑:ドラマ化に際してたくさん言われたのが「『女性はみんな美しい』でいいじゃないですか」という意見。「私はブスってわかっています」ということでマウンティングしてくるな、というようなことを言われました。確かに、自分の中にそういった部分が全くなかったかって言ったら否定できない。でも、「女性はみんな美しい」でいいと思って前向きに頑張れる人はそっちを選択すればいいし、私みたいに「私ってブスなんだ。でも、前向きに生きよう」という人がいたっていいじゃないですか。

――選択の違いを認めてほしい、と。

山﨑:そうなんですよね。それなのに「ブス」って言葉をキャッチコピーにするだけで、全部根こそぎダメって言われると……。

――だったら、違う言葉を教えてよって思っちゃいます。

山﨑:そうなんですよ。自分でも考えてみたんですけど、どれもしっくりこないんですよね。仮に「ブス」って言葉を使うことが法律で禁止されたとしても、「ブス」として他の人とは違うように扱われることや「ブス」という概念は残る。美しいものと美しくないものに対する人の行動の違いというのは絶対出てくるものだから、言葉だけをなくしたところであんまり意味がないと思っていて。

だから、「ブス」という言葉がある以上、それとどう向き合うかっていうことだと思うんですね。美醜によって扱いが変わることがなくなる社会が最高だけど、それを実現するのにどれだけの時間と現実度があるのかという話。自分としては、現状で楽しく生きるため、前向きにやっていくためにどうしたらいいかっていうことをやっているつもりです。

田村:同じです。一生一人で生きていくのであれば気にしなくていいと思うんですけど、恋愛するにしても就職するにしても相手ありき。相手が自分をどう思うか、自分を客観視して受け止めないと不幸せな気がするんですよね。ありのままでもいいけど、そのままだと結婚や就職など目指しているものに手が届くのは難しいかもしれないということを知っておいた方がいいなという気はします。

山﨑:確かにその通りだと思います。今のままでもよければありのままでもいいんですけど、変わりたいとか、より高みを目指したいということであれば、ありのままじゃダメですよね。ありのまま、プラス。ありのままの自分にはいつでも戻ってこられますから。

文脈や地域でも変わってくる「ブス」の意味

――そもそも「ブス」って言葉の守備範囲が広すぎますよね。今は「ブス」=「不美人、美人でない人」という意味で使われることが多い気がします。友達同士や恋人同士であまりネガティブな意味なく、むしろ近しい関係だから言える「ブス」もありますよね。

山﨑:「ブス」という言葉は、昔はもっとピンポイントだったんだと思います。辞書通り、醜い容姿の人を指していたんでしょうけど、今はかわいい子でも「このウチの顔、ブスじゃね?」みたいにも使う。ニュアンスが人によって違うし、受け手によっても変わってきちゃう言葉です。私にとっての「ブス」とあなたにとっての「ブス」は違うんだっていくら説明してもわかり合えない。「ちょうどいいブス」の炎上を経験して思い知りました。

田村:「ブス」という言葉もそうなんですけど、ネットが普及して外野がうるさく言うようになって言いたいことが端的に言えなくなったところもありますよね。

山﨑:ネットで難しいのが、記事によって反応したりコメントを書き込んできたりする層が違うというところ。ドラマ化に当たっての炎上に対して「女を下げるな」という女性がいる一方で、別の記事では私が「ちょうどいいブス」を名乗っていることに対して「いや、ちょうどよくないわ。クソブスだわ」って言ってくる男性もいる。私に「女を下げるな」と言ってくる女性の敵って、本当は私じゃなくて、匿名で「ブスだ」って言ってくるようなこの男性だと思うんです。こういうネットの複雑な構造ってありますよね。同じ女同士でどうしてこういうやりとりしないといけないんだろうってモヤモヤする。表現する側に立った以上、受け止めるしかないんですけどね。

田村:私は自分がブスコンプレックスだったので、どうしても本のタイトルに「ブス」という言葉を使いたかったんです。ブスでも建設的に生きていけば幸せになれるんだよって伝えたかった。『ちょうどいいブスのススメ』も、そんなに高みを目指さずにできそうな感じがして、いいタイトルだなと思っていたんですけどね。

山﨑:それほど、女の人たちが苦しんでるってことかなとは思うんですよ。私たちのブスに対するコンプレックスの解消の仕方が参考にならない人もいる。炎上していろんな意見をもらいましたけど、ほぼ全ての意見に対して「私の中の正義があります」って返せるんです。でも、醜形恐怖症の方から「ブスって言葉を聞くだけで辛いから、使わないでください」と言われたら、何も反論できない。できれば、みんなに前向きになってもらいたい気持ちでやっているけど、いろんな悩みを抱えている女性がいて、伝わる人がいて、伝わらない人もいる。そういう当たり前のことを改めて知りました。

田村:私は本を出してみて、縁もゆかりもないんですけど、関西の方がちょっと受けがよかったんです。多分、関西では「ブス」って言葉に嫌悪感をそれほど持たずに日常的に使っているんじゃないでしょうかね。

山﨑:関西はお笑いの文化が絶対的に強いんですよ。女性も男性も面白い人が強い。お笑いの基本って、自分がどう見られているかなんです。例えば、自分は美人だと思っていても周りがブスだと思っていたら、その違いを笑いにする。自分がどう見られている人間で、どういうことを言ったら面白いのかが基本。そういう意味では、関西の人は客観視する視点が強くあるから、お笑いとして軽い気持ちで「ブス」という言葉を受け入れられるのかもしれないですね。

「ブス」という言葉に囚われずに生きるには

――ある意味、お二人は「ブス」という言葉のポジティブキャンペーンをしている感じですよね。「ブス」というネガティブイメージの強い言葉を、どうやってポジティブに捉えて自信につなげていったんでしょうか?

山﨑:私は元々あまり行動的な人間じゃなくて、どっちかというとインドア派で、知らない人がいる飲み会には行きたくないタイプだったんです。「お前みたいなブスが合コンに来るな」「ブスが俺様に話しかけてくるんじゃねえ」とか思われるんじゃないかって、被害妄想がものすごく強かったんですよ。でも、芸人になって考え方が変わって、飲み会も行ったらネタになるし、行ったら行ったでいろんな人と関わる。関わってみたら、ブスでも思ったよりいけるし、自分が思っているほど何とも思われてないってことに気づいたんです。もちろん逆もありますけどね。でも、経験の繰り返しです。結局、人と接することでしか自信ってつかない。外に出たら傷つくこともあるけど、外に出ないと自信もつかないんです。

田村:場数、大事ですよね。市場調査ですよ。レッドオーシャンなのかブルーオーシャンなのかも自分が行ってみないとわからないし、自分の見せ方だってそれで変わってきます。
人の人生なんて長くたって80年とか。明日死ぬかもしれないので、明日までに誰とも付き合わずに死んだら絶対後悔すると、一分一秒をすごく大事にして生きてきました。あのスティーブ・ジョブズだってたくさん失敗しているんだから、一般の凡人が失敗もせずに成功できるわけがないと思っていて。自信がないからこそ、経験するしかないと思っていましたね。

――やはり行動あるのみ。結局、お二人にとって「ブス」って何なんでしょう?

田村:やっぱり、個性の一つですかね。小さいころは美人に生まれればよかったって思っていたんですけど、今は生まれ変わってももう一度自分になりたいって思っています。自分で言うのもなんですけど、これくらいのちょうどよさ、これくらいのブスだったので努力できたんですよね。ブスじゃなかったら、学歴なり、資格なり、多分そういう武器をつけられなかったと思います。

山﨑:私にとっては、ずっと自分が感じていた違和感を解消してくれた言葉。どうして私は恋愛という市場でモテないんだろうとか、あの子とは扱いが違うなとか、何となく感じていた違和感があったんです。その違和感が「ブスです」って診断されることでスッキリした。病院行って病名を言われたらスッキリするのと同じです。別に知ったところで治るわけじゃないけど、不安は解消されますよね。「あ、ブスなんだ。じゃあ、どうしようか」って、次の一歩に進めたんですよ。

PROMOTION