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言語をめぐる愉快なやりとり 早稲田大准教授・辛島デイヴィッド

辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!

  1. 『ミゲル・ストリート』 V.S.ナイポール著 小沢自然、小野正嗣訳 岩波文庫 994円
  2. 『雲をつかむ話/ボルドーの義兄』 多和田葉子著 講談社文芸文庫 1944円
  3. 『間違いだらけの文章教室』 高橋源一郎著 朝日文庫 734円

 (1)の舞台は1940年代のトリニダード・トバゴ。「世界でいちばんすばらしい詩」を構想する詩人から「イギリス国王とアメリカ国王」からの注文を夢見る「花火技術者」まで、ミゲル・ストリートの男たちは、女性たちが生活を支えるなか、我が道を貫こうとするのだが……。若きナイポールを思わせる語り手が故郷の大人たちに向けるまなざしは鋭くも温かい。原書の魅力のひとつはカリブ海英語でのコミカルなやりとりだが、邦訳でも個性豊かな住人の会話がいきいきと飛び交う。

 世界を旅しながら日本語とドイツ語で創作活動を続ける著者による(2)も、多彩な登場人物の挿話と(時にはかみ合わない)会話が愉快な一冊。無賃乗車を繰り返す者から殺人犯まで、作家の「わたし」が過去に出会った「犯人」の記憶が「雲蔓(づる)式に」引きだされていく「雲をつかむ話」。「出来事一つについて漢字を一つ書くこと」により全てを記録しようとする「優奈」の回想や連想が断章で綴(つづ)られる「ボルドーの義兄」。どちらも現在と過去、現実と空想が交差する世界に冒頭から惹(ひ)きこまれる。

 (3)は、自分は「文章の専門家」ではなく「文章が好きな人」だと言う著者が選んだ独特な文章と巡り合える「教室」。老婦人が餓死する直前に書き残した覚え書きや私小説家が晩年に記憶が揺れるなか書いた小説など。一見「間違いだらけ」の文章はなぜ心に訴えるのか。真似(まね)できない文章に触れることが、書きあぐねている「ぼくら」を自由にする。=朝日新聞2019年6月8日掲載