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異界・奇怪、クセになるぞ アンソロジスト・東雅夫

  • ジョン・メトカーフ『死者の饗宴』(横山茂雄・北川依子訳、国書刊行会)
  • 服部独美『教皇庁の使者』(国書刊行会)
  • アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』(前山悠訳、光文社古典新訳文庫)

 世界三大異界散策小説(短篇〈たんぺん〉限定)といえば、英国の神秘小説家アーサー・マッケンの「N」、ベルギー最大の怪奇小説家ジャン・レイの「闇の路地」、そして我が泉鏡花の「高桟敷」であると、ひそかに信じて疑わない私だが、このほどその一角を脅(おびや)かしかねない凄(すご)い作品に出逢(であ)ってしまった。

 まとまった邦訳紹介がようやく実現した英国出身作家メトカーフの作品集『死者の饗宴(きょうえん)』に収録された短篇「悪い土地」である。

 転地療養のため、北海に面した英国東部の閑寂な湯治場にやって来た主人公。そこは妙に人を寄せつけない気配を感じさせる土地だった。特に日課の散歩コースで目にする、砂丘の果てに建つ奇妙な塔と、その後方に続く「不可解な道」に、主人公は嫌悪を覚えつつも強く惹(ひ)きつけられる。ところが地元民は、そこはただの農場だよと否定する。真偽を確かめるため、塔の向こう側の土地へ入りこんだ主人公が目にしたものは……。

 随処(ずいしょ)に光彩を放つ、哀感ただよう細緻(さいち)な自然描写は、正調英国怪奇小説ならではの醍醐(だいご)味だろう。

 本篇に限らず、メトカーフの怪奇小説では、作中人物が示す異様なこだわりが、不穏な物語を突き動かす原動力となっている。そのこだわりは、いつしか読者にも伝染するが、作者は多様な解釈の余地を残したまま物語を語り終えてしまい、読者は五里霧中な闇の中に取り残されることになる……この「残穢(ざんえ)」とも呼ぶべき独特な読後感、クセになりますぞ。

 謎の覆面作家・服部独美のデビュー作『教皇庁の使者』は、ユーラシア大陸の東と西に位置するとおぼしい二つの帝国で生起する面妖な出来事を交錯させて描いた、思うさま浮世離れした長篇幻想小説である。皆川博子や山尾悠子の名が引き合いに出されているようだが、個人的には、澁澤龍彦晩年の物語群と相通ずるものを強く感じさせられた。軽味(かろみ)の美学。

 19世紀フランスの大文豪デュマといえば、『三銃士』や『巌窟王』であまりにも有名だが、『千霊一霊物語』は、アラビアン・ナイト風もしくは百物語風というべき巡(めぐり)物語(様々な語り手が一堂に会して奇話怪話を披露する形式の物語集)のスタイルで書かれた怪奇小説集。フランス革命当時の騒然たる世相を背景にした「生ける生首」の残酷ラブロマンスや東欧の吸血鬼譚(たん)が、虚実ないまぜの手法で活写されている。物語の大波に読者を巻きこみ翻弄(ほんろう)する剛腕ぶりは、まさに文豪怪談の真骨頂!=朝日新聞2019年6月9日掲載