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水墨画の魅力あふれる成長小説 最新メフィスト賞・砥上裕將さん「線は、僕を描く」

文:篠藤ゆり 写真:篠塚ようこ

――メフィスト賞受賞、おめでとうございます。受賞が決まった時、どんなお気持ちでしたか?

 編集者の方から電話をいただいた時は、あまり信用していなかったというか(笑)。「決まりました」と言われても他人事みたいな感じで、思わず「よかったですね」と答えてしまいました。ちょっとたってから、受賞したのは自分だと、ハッと気づいて――すごく嬉しかったです。

 実はメフィスト賞に応募したのは、『線は、僕を描く』が3作目です。前回応募した際、受賞はできなかったけれど、編集者から「面白い」と言っていただけたのでびっくりしました。その時は猫の話を書いたのですが、今回は編集者の方とも話し合って。自分は水墨画家なので、水墨画をテーマに書くことにしたんです。

――主人公の、大学生の青山霜介君は、たまたま水墨画の展覧会の設営アルバイトをしたことがきっかけで、著名な水墨画家である篠田湖山先生から水墨画を習うことになります。いわば、巻き込まれた形です。その設定は、ご自身の経験と重なるところがあるのでしょうか。

 未知の世界を素直に受け入れてしまうという点では、重なる部分があります。僕の場合、20か21歳の頃、大学でたまたま水墨画家が目の前で絵を描く揮毫会(きごうかい)に居合わせて。それまで筆は字を描くものだと思っていたけれど、筆で絵を描くというのが新鮮でした。しかも、ものすごいスピードで、一瞬のうちに描き上がる。見ていて面白いんですよ。

 それで質問しに行ったら、気が付いたら引っ張り込まれていた。あまり若い子が興味を持つ分野ではないので、「逃がすなッ!」という感じだったのかもしれません。あと、面白いヤツだと思われたのかな。いろいろなことをやらされて、いろいろなことをやらされて(笑)。青山君は篠田湖山先生から大事にされますが、僕はそんな恵まれた青春時代は送っていません(笑)。

 僕は、『線は、僕を描く』に登場する、青山君の友人の古前(こまえ)君とちょっと似たところがあって、大学でけっこう活発にいろいろなことをやっていました。自治会に入ったり、大勢知り合いを作って飲み会を企画したり。そういう人間って、けっこうがんばるのが好きで、多少きつくてもやめない。水墨画に関しても、続けていくうちに、徐々に魅力を発見していく、みたいなところはありました。

――続けることで、見えてくるものがある。そのあたりも、青山君と重なるところがありそうですね。

 水墨画は自然を描くものなので、自然を観察するようになります。自然に触れていると、感覚が開かれていくというか……。普通に生活をしていると、どうしても視野が狭くなっている。それが、ニュートラルな状態に戻されていくんですね。すると、生きやすくなるし、楽しいんです。

 自然を相手に一所懸命それに近づこうとすると、自然の本当のすごさや、自然がいかに贅沢かということが感じられるようになる。そうやって1歩1歩近づいていく感覚を、若いうちに養うことができたのは、とても大きなことだったと思います。

 僕の場合、水墨画と出会わなかったら、ただ単に刺激を求めて、欲しいものを手に入れる――という生活になっていたかもしれません。水墨画と出会ったおかげで、「今、ここにいる」ことが、それだけで豊かで幸せなんだという感覚が体験できた。それも、小説を通じて伝えたかったことのひとつです。

――青山君は両親を亡くし、大きな喪失を抱え、なかなか心が開けない状態から物語はスタートします。喪失や悲しみとどう向き合い、乗り越えていくのかという物語でもあるようにも感じました。

 青山君が大きな喪失を抱えているのは、「水墨画とは何か」と考えた時に出てきた感覚です。何も書かれていない白い紙の状態。そこに何かが生まれる瞬間を、僕自身、描きながら毎回見ているわけです。それを体現するのはどういう人間なのかを考えた時に、何かを失って真っ白な状態になっている人間が物語のスタートになる、と感じたのです。

――小説には、湖山先生の娘である篠田千瑛さん、青山君の友人の古前君、同じゼミの川岸さんなど、同世代の若者は何人か登場します。描かれているのは水墨画という特殊な世界ですが、ごく普通の若者の青春譚でもあり、成長の物語でもある。だからこそ、読者はすっとその世界に入っていけるのかもしれません。

 最初から、青春モノを書こうという気持ちはありました。特別な何かを持っているわけではないごく普通の人が、自分自身を発見していくことがすごく大切かなと思っています。とくに青山君は、あえてあまりキャラクターをカッチリ決めずに書いています。だから読者の方々が自分に重ねることもできるだろうし、もしかしたら自分も何かを発見できるんじゃないかと思っていただければ、すごく嬉しいです。

 書きながら、自分の青春時代を思い出しました。今、35歳ですが、青春時代をリアリティ持って覚えていられる最後の年代かな、という気もしています。一方で、実際の青春時代からある程度距離が離れているからこそ、青春モノが書けるのかな、とも思います。

――大学の学園祭で千瑛の揮毫会が開かれ、古前君や川岸さんが筆で線を引く体験をするシーンで、千瑛が線を見て性格を当てるところを興味深く読みました。やはり線や絵には、その人の性格や人間性が表われるものなのでしょうか。

 やはり、その人の人柄や雰囲気が出るものです。その人ならではの、持って生まれたものがあるんですね。一方で練習していくなかで、経験の積み重ねによって徐々に変わっていくものもある。習得できるものと、その人の持っている本質的な部分の両方があるのも、水墨画の面白い点かなと思います。

――小説を書きたいという気持ちは、昔からあったんですか?

 実は、大学時代に書いていたんですよ。でも文章を書くのは大変だし、時間もかかる。僕は短気なこともあって、300枚とか500枚書くだけの粘りがなくて。自分には小説の才能はないんだと、諦めていたんです。そのうち水墨画を始めたので、徐々にそちらに移行していきました。

 30を過ぎた頃、知り合いから「書いてみたら?」と言われて。時間もあったので書いてみたら、500枚を超えたんです。若い頃にはできなかったことが、30過ぎてできるようになっていると、やっぱり楽しいですよね。それが、最初の応募作です。

――なぜ、若い時にはできなかったことが、30過ぎたらできるようになったんでしょう。

 以前ほど、短気じゃなくなったからかもしれません。水墨画が好きなのは、短時間で集中してパッと描くものだから。でも、続けていくうちに、自分自身がちょっと変わっていったのだと思います。その“ちょっとの差”で、自分が別物になったのか。

 もしくは、いろいろなものを見てきて、経験することで、なにかしら変化が訪れたのかもしれません。

――『線は、僕を描く』は漫画化も決定され、「週刊少年マガジン」に連載されるそうですね。デビュー作がいきなり漫画化されるというのは、すごいことだと思います。

 正直、びっくりしました。実は受賞してから実際に本ができあがるまで、1年くらいたっているんです。だからこの1年間、「ひょっとして夢だったんじゃないか」「もしかして騙されている?」とずっと思っていましたが(笑)、実際に本が出来上がり、夢じゃなかったんだ、と。

 その間、担当の編集者の方とずっといろいろやり取りを続けてきた。小説の中身を書いたのは自分ですが、本というのは、多くの人の努力の結晶で生まれるものなのだと実感しました。

 今はまだ、やっとスタートラインに立った状態です。この先もずっと小説は書いていきたいし、いい仕事をしたい。書く過程を大事にし、丁寧に、大切に、書いていきたいと思っています。