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複眼的な視点をくれた良書たち 神田外語大学学長 ・宮内孝久さんの本棚

ビジネスマンに勧めたい 日本を知り、世界を知る本

 一昨年に三菱商事の副社長を退任するまで40数年にわたり国際ビジネスの現場で働きました。世界への関心は高校時代にさかのぼります。

 中東研究の第一人者である三木亘先生が、私の高校で歴史を教えていました。三木先生の教えの中で衝撃的だったのは、古代オリエントにおける「神との契約」という概念です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などに影響した概念と知り、心に残りました。

 三木先生には、西洋中心史観に偏った教科書に対して批判的思考を持つことの大切さも教わりました。三木亘先生が、社会人類学者の中根千枝さんの講演会を企画してくださり、すぐに著書の『タテ社会の人間関係』を求めました。インドの農村におけるフィールドワークを始め、イギリスなどでも人類学の研究を重ねた広い見識から、日本の社会集団のあり方を問う名著です。

 日本人は個人の特性よりも学校や会社など所属する「場」を優先し、能力とは無関係の生年や入社年といった序列を重視する。本書がそう指摘するタテ社会の構造は今も残ります。その一方、M&Aの増加など、「場」を取り巻く環境は様変わりし、新卒一括採用や年次昇格の意味は薄れつつあります。先ごろ経団連が就活ルールの廃止を発表し、これに反発する大学関係者もいますが、私は賛成です。オープンな条件の中で能力を競うたくましさが必要だと思っています。

 商社の仕事を通じ、国の栄枯盛衰や紛争は、天然資源を含む地理抜きには語れないことを実感しました。グローバル化が進んでも、地理的条件は変えようのない宿命であると。

 地政学の見地から国際関係や人間の分断を検証する『地政学の逆襲 「影のCIA」が予測する覇権の世界地図』は、私の実感を裏付ける内容でした。地図は主観的に見てしまいがちですが、隣国や海の反対側から見ると景色が変わります。かつて日本が無謀な戦争に突き進んだのは、地政学的な分析の欠如、さらに言えば、タテ社会の中で論理的思考ができなかったという推測もできる。本書は中根さんの著書とともに国際ビジネスマンの教材になると思います。

目を開いてくれた西洋寄りでない世界史

 私の初めての出張先はパキスタンとサウジアラビアで、以後、トルコ、アブダビ、カタール、イランなど、長くイスラム教国と関わり、サウジには湾岸戦争時に駐在していました。この間、様々な中東研究書を読んで中立的な視野を持つように努めましたが、「十字軍の聖地奪還」「レコンキスタ」といった西洋寄りの言葉を無意識に受け入れ、使ってしまうこともありました。

 そうした自分の目を開いてくれたのが、アフガニスタン出身の著者による『イスラームから見た「世界史」』です。預言者・ムハンマドの出現に始まるイスラム教の歴史をロマンあふれる叙事詩として描きつつ、分派の変遷や非ムスリムとの対立を「共同体の理念の拡大」という視点でわかりやすく繙いています。サイクス・ピコ協定に象徴される中東の分断も冷静に書いており、イスラム教圏が抱える今日的な問題を、西洋側からとは違った角度から捉える助けになりました。

 『獄中記』は、元外交官の佐藤優氏が東京拘置所に収監された時の記録です。佐藤氏はこの512日間を思索の絶好の機会と捉え、ありとあらゆる書物を読破。常に教条主義を拒否し、自身で思考を積み上げている。その精神力と探究心に圧倒されました。自身の言う「国策捜査」に巻き込まれながらも、国家とは何か、愛国心とは何か、ナショナリズムとは何かを情緒を排して見つめ、国益を考える姿勢には尊敬の念を抱きます。若い人たちは、彼のような異能の存在を知るだけでも価値があると思います。

 ミシェル・ウエルベックの『服従』は、主人公であるノンポリの大学教授が、ファシストのル・ペンに勝利したイスラム政権に服従していくさまを描いた架空小説です。フランスの現実社会でル・ペンが支持を伸ばし、欧州に移民が押し寄せている時期に発表され、話題となりました。荒唐無稽なようで、イスラムへの恐怖心や男性優位社会への憧憬といった欧州人の潜在的な思いが背景にある気がして、リアルさが感じられる物語でした。

 私はアラブ諸国の人たちと公私にわたって心の交流を育み、家族も彼らが大好きになりました。イスラム教徒の人口はほどなく世界人口の4分の1を占めると言われています。はっきりしているのは、日本人は世界のマイノリティーであり、タテ社会が残る異質な文化圏の住人だということです。学生たちにその自覚を与え、複眼的に世界を見ることの大切さを伝えていきたいと思っています。(談)

宮内孝久さんの経営論

 幕張新都心にキャンパスを構える神田外語大学。「言葉は世界をつなぐ平和の礎」という建学の精神を掲げ、語学とリベラルアーツの修得に注力したカリキュラムを展開しています。2018年4月に就任した宮内孝久学長は、総合商社のビジネスマンとして活躍した経歴を持ちます。教育に携わるようになった経緯や、大学の取り組みについて伺いました。

世界で通用する語学と教養を

 幕張新都心にキャンパスを構える神田外語大学は、1987年の開学当初からグローバル化を進めてきた。学生数は4,000人余り。英語、中国語、韓国語、インドネシア語、ベトナム語、タイ語、スペイン語、ブラジル・ポルトガル語の専攻があり、学生も教員も国際色豊かだ。2018年4月に就任した宮内孝久学長は、三菱商事時代は、サウジアラビアのリヤド駐在や、メキシコで塩田の経営などを経験。百戦錬磨の商社マンが、なぜ教育の現場に飛び込んだのか。

 「きっかけは、日本の国際競争力が低下していると感じたことでした。私が商社に入社した頃に発展途上国と言われた国々は、めざましい成長を遂げ、そこで育った若者たちは国際舞台で堂々と議論を戦わせています。かたや日本の若者は元気がない。学力面も、数学や理科嫌いが増え、算数・数学のレベルは低下し、外国語を話せる人の数も諸外国に比べて少ない。加えて留学する人が減っている。その原因が教育だとしたら、国際ビジネスの現場を知る者だからできる教育があるのではないかと考えたのです」

 企業の採用のあり方として、大学受験時の偏差値を学力のピークと見なし、大学4年間の学業に期待しない風潮を許してよいのか? 学歴や学外活動を優先する採用基準でよいのか? そうした疑問も長くあったという。副社長を退任した宮内さんは、初等・中等教育では横浜市教育委員として、高等教育では同大学学長として教育界に入った。

多様な人材が集まる大学へ

 神田外語大学が進めるのは、「自己肯定感」を高める教育と「自立学習」。語学を訓練して自信を育み、自信から生まれた「もっと学びたい」という好奇心を新たな挑戦やなりたい職業への意欲につなげる学習環境を整えている。

 「ただ、語学だけでは足りません。『言葉は世界をつなぐ平和の礎』という建学の理念にある通り、言葉を通じて世界とコミュニケーションし、共感や妥協を経験しながら人間関係を築くことに意味がある。コミュニケーションを有意義にするのは、論理性と感性です。これを磨くために、リベラルアーツ(教養)に力を入れています。

 授業は少人数制を徹底。教員陣はその多くが教える言語を母語とし、個々に合った学び方の相談にも応じている。各国の建物を再現した異国情緒あふれる学習空間や、IT環境の充実など、施設・設備面でも自立学習を促す工夫が見られる。海外留学制度、国際ボランティア、リカレント教育、eラーニングなど、開かれた大学づくりにも努める。

 「自分は長くビジネスをやってきたので、リアリスティックなリーダーだと思います。カリスマタイプではありません。多様な人材を集め、活発に議論できる大学組織にすることによって、愉快に学べる場を創出していきたい。緑に囲まれた明るいキャンパスで、人生をおもしろおかしく元気よく生きる術を身につけてほしいと思います」

>宮内学長の経営論 つづきはこちらから(2018年11月26日掲載の記事に飛びます)