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「歴ドル」小日向えりさん、「三国志」の呂蒙に生きる勇気をもらった

文:加賀直樹 写真:篠塚ようこ ©関羽像 青銅製 明時代・15~16世紀 新郷市博物館蔵

――歴史好きのアイドル「歴ドル」として活躍する小日向さん、とりわけ大の「三国志」ファンを公言し、超難関の三国志検定1級をクリアし群雄割拠の芸能界において、独特の存在感を放っていますが「三国志」の推しメンはいますか?

 呂蒙です。呂蒙の言葉で「呉下の阿蒙にあらず」というものがあります。もともとは武勇一辺倒だった呂蒙が、呉の君主の孫権に、これからは学問もしないと駄目だぞと窘められて改心する。忙しいなかでも勉強し、学者に負けないぐらいの本を読み、文武両道の大都督(中国の官名で全軍の統率者)になっていった逸話。つらい時にその話をたびたび思い返します。

■「呉下の阿蒙にあらず」 「阿」は親しみを表す語。呉の魯粛が呂蒙に会って談議し、呂蒙のことを武略に長じただけの人物と思っていたが、今は学問も上達し、呉にいた頃の阿蒙ではないと言ったという、「呉志」呂蒙伝注の故事から。「小学館デジタル大辞泉」より

 呂蒙の「呉下の阿蒙にあらず」の話には、本当に本当に勇気をもらって……、(言葉を詰まらせながら)……自分自身が苦しかったときに、励まされた思い入れのある逸話なので、この逸話をお話するとき、いつも泣きそうになってしまいます。

 呂蒙の好きなところは、努力家であるところと、母親思いで部下思い。三国志には粒ぞろいのひとたちが登場するんですけれど、呂蒙は兄貴肌で、器が広くて、まとめ上げていく。そんなところが好きです。彼の部下のなかに、父を殺された恨みで仲の悪い部下2人がいるんですけど、彼らが「剣舞」といいながら、ちょっとピリピリして、あわや切り合いになりそうになるところを、呂蒙が一緒に舞いながら、2人の仲裁に入るシーンがあるんですね。

――強い印象を残す場面ですね。

 まさに兄貴肌。でも、皆のことを思いやって、まとめ上げる感じが好きですね。

――かくもご自身の心に「三国志」の世界が深く入っているとは……。

 呂蒙の逸話には、「士別れて三日なれば刮目して相待すべし」といった、「三国志」が好きだったら有名なことばが出てきますよね。だから、多くのかたがたにとってもきっと印象が強いはずです。「三日なれば~」なんて、わたし、いまも日常会話で使ってしまうほど。呂蒙は、「三国志」のなかでの、わたしの「推しメン」です。

横山光輝 版「三国志」で面白さに引き込まれる

――横浜国立大学の学生時代に「歴ドル」としての活動を始めた小日向さん。そもそも、「三国志」を好きになったきっかけは。

 出会いはTシャツ。その頃わたし、いろんな面白いTシャツを集めていて、たまたま、「三国志」のTシャツを買ったんです。シャツには、張飛の絵が描かれていました。

 わたしは、マイペースで争いが苦手で、どちらかというと、どんくさい性格。だから芸能界を志して上京した当時、すごく親に心配されたんです。「東京で、芸能界で、この激しい競争社会でやっていけるのか!」って。そんなとき、「ちょっと『三国志』を読んでみれば?」と薦められたんです。わたしも「ちょっと読んでみようかな」。そんなふうに軽い気持ちで本を手にしたのが始まりでした。

――Tシャツの張飛と、親御さんのことばが「三国志」の世界に入る契機になったのですね。それにしても、「歴ドル」って画期的なアプローチですね。

 「歴ドル」として活動していこう、とは、最初は思っていませんでした。親からは、この競争社会をどう生き抜くか、人間として勉強になるよ、と諭されただけ。「三国志」には「人間として学ぶべきことがある」と。まず、手始めに、横山光輝さんの漫画『三国志』(潮出版社)全60巻が送られてきました。Tシャツに描かれた張飛は、読み進めていくと、とにかく可愛いかった。「本能のゆくまま」みたいに、お酒を飲みたい時に飲み、暴れて、マイペース。人間味があると思いました。でも、彼のほかにも圧倒的な魅力をもった人物がたくさん登場し、物語の世界にすっかりのめり込みました。数日間で一気に読み終えたんです。

――そこで「人間として学ぶべきこと」って見つかりましたか。

 当時は「学ぶべきこと」を知った、というより、ふつうに面白くて読んじゃった感じでした。「趙雲、カッコいい!」「姜維、ピカイチでスゴいひとが出てきた!」。物語には騙し・騙されが多いんです。「こっちが騙しているつもりだったのに、騙されていた」とか。そんな部分が数多く出てくるんですね。だから、「こういうことが人生なのかな」って……。

――横山版で開眼するまで、たとえば学校の歴史の授業に興味は湧かなかったのでしょうか?

 歴史モノの漫画やドラマは楽しく見ていましたが、学校の勉強は「暗記モノの勉強」みたいな印象があったので……。でも、もし高校の時に「三国志」にハマっていたら、史学科に行って歴史の研究者になっていたかもしれませんね。今では学生たちに歴史は暗記ではない! と、その面白さを伝えています。

――「歴ドル」として正式に活動することになったきっかけは。

 イベントで、「歴史アイドル」って肩書を付けてくださったんです。キャッチーで話題性があったのか、すぐに新聞・雑誌で取り上げて頂きました。『恋する三国志』の出版依頼、朝のワイドショーの出演依頼が相次ぎました。最初は正直、戸惑ったんですけど、だんだん覚悟を決めたんです。「三国志検定」に取り組むことになったのも、覚悟を決めてからです。

――中国語も堪能だそうですね。

 「三国志」にハマると、中国の文化に触れるのがもう楽しくて。中国語の勉強も楽しくなり、中国語検定も受けました。大学の頃は横浜中華街でバイトしていたのですが、それも「三国志」が好きだから。関帝廟が近くにあるし、仕事の前後には中国雑貨屋さんを見てまわりました。三国志グッズがちょいちょいあるんですよ。 関羽の像とか、羽扇とか。「三国志」の物語をイラストと中国語で書いた小冊子を買いました。物語自体は知っているから、「中国語ではこう書くんだ」ってパラパラめくって学びました。三国が天下統一のため、覇権をかけて戦うんですけど、結局どこも統一できないという儚さに魅力を覚えます。グッと胸が締め付けられるような心情になるんです。

――それは、全編を読了後に得られる感覚として?

 いいえ、物語を読み進めるうえで、ずっとそんな感じなんです。いろいろな国が滅び、数多のひとびとが亡くなっていく。そこに、滅びの美学さえ感じます。

――2000年の時空を超えて、そのことばを日常生活に活かしているのですね。ほかに「推しメン」を挙げるとすると?

 蜀の劉備ですね。最近、特に気になる人物です。たぶん、私が高齢者支援の会社を起業して(株式会社ぴんぴんころり)、リーダーとしてマネジメントする立場になって、やりがいと難しさを感じているからだと思います。彼からはひとを動かす「人徳」みたいなものが学べるかなと思っています。

――劉備の「人徳」とは。

 劉備は最後、「夷陵の戦い」に挑むんです。義弟・関羽が呉の介入により戦死し、亡くなった関羽の死を悲しんだ彼は呉への弔い合戦を、周囲の反対を押し切って挑むんです。劉備って凄く任侠的で、周りを大事にするひと。でも(自分が治めている)蜀の国が大きくなっていったら、そんな個人の感情で動いちゃ絶対いけない。でも、最後の最後には、会社で言うところの「立ち上げメンバー」みたいな存在だった関羽の弔い合戦に、私情をバリバリ挟んで行ってしまう。「ちょっとリーダーとしてどうなの」って思うし、劉備はその後死んでしまって、それで蜀の滅亡に繋がる。「おいおい」って感じなんだけれど、「こういうところが劉備なんだよね、劉備の魅力だよね」って。

――「立ち上げメンバー」の仲間を思う義侠心が、根底にあるから、「組織のリーダーとしてどうなの?」と思っても、ひととして憎めないところがある。

 そういう劉備だからこそ、多くのひとが付いていって、蜀の国はあれだけ大きな国になったのでしょう。「夷陵の戦い」に行かない劉備は、劉備じゃない。そういう劉備じゃなければこんなに蜀が大きくなっていない。劉備は、何を考えているか分からない、何重も腹があるような底知れないところがあるんですが、だからこそ、人として深みがある。肚の底はとても綺麗な、ピュアなひとだったんじゃないかと思います。起業した身として、学ぶべきポイントがいっぱいあるように思うんです。

「三国志」を介して様々な生き方に触れられる

――令和の新時代、いまこそ読む「三国志」の価値、「歴ドル」としてどうアピールされますか。

 たとえば高度経済成長の時代は、皆で働いて、豊かになって、国の経済を発展させて、「幸せのかたち」の方向性が決まっていました。似たような価値観というのでしょうか。テレビでもアイドル、国民的スターがいて、皆でそのひとを応援しました。でも、いまって、例えばわたしの所属事務所のサンミュージックでいうところの松田聖子さんみたいなひとって、いないじゃないですか。

――たしかに。

 それだけ現代は価値観が多様になってきたんですよね。みんなに当てはまる正解がない。だから、自分自身をしっかり保っていないと、判断や選択ができない。良し悪しは、ひとによって変わってくる。自分の「モノの見方」を再認識するために、「三国志」を読んでみるべきだと思います。いろんな人物が出てきて、生きる指針となるヒントがたくさん盛り込まれているんです。

――価値観が多様になること自体は、決して悪いことではないのでしょうけど、「ここまでたどり着けばOK」というものがなくなり、何を目標に生きていいのかわからない、というのはありますよね。

 終身雇用制度も崩れ、大企業に入ったって安泰じゃない。年金制度だって実質は破綻し、国も会社も守ってくれない。自分を守る者は自分しかいないんです。経営者って、「三国志」を読んでいるひとが多いと思うんですけど、それは自分を守るひとが自分しかいないから。きっと、本を通して学んでいると思うんです。仕事観についても言えます。転職が当然の時代。「三国志」でも、魏・呉・蜀を転々とする武将がいれば、ひとつの国に最後まで忠誠を尽くすひともいる。いろんな生き方に触れられるので、どの場面に感動したかによって、自分自身が大事にしているものが浮き彫りになってくるはずです。

――たしかに、百人百様かも知れませんね、「三国志」の「感動ポイント」。改めて客観的に俯瞰して考えることで、見えてくるものがあるかも知れない。もう1度読み返したくなってきました。

 なにしろ数千人のキャラクターがいますからね。しかも、「感動ポイント」は時や状況、自分の心の状態によっても変わってくると思います。いま、お話ししていて思ったのは、呂蒙や劉備など、最近のわたしは「器の広いひと」に惹かれるのかな。自分の立ち位置や向かうべきところを再確認するために、何度も何度も読み返してみてほしい。それが「三国志」を大好きなわたしからお伝えしたいアピールポイントです。