シンプルな絵本に戦時中の「手触り」込め
シンプルな絵と言葉でつづられた絵本「へいわとせんそう」(ブロンズ新社、税抜き1200円)は、谷川さんとイラストレーターのNoritake(のりたけ)さん(41)が初めて一緒につくった作品だ。
絵本は左に「へいわのボク」、右に「せんそうのボク」と書かれた見開きのページから始まる。「へいわ(平和)」の方には笑顔の少年のイラストが描かれ、「せんそう(戦争)」の方に描かれた少年はつらそうな様子だ。同じ人やものなどが平和と戦争でどのように変わるのか、見比べながら本は進む。
Noritakeさんは本や雑誌の表紙、広告など幅広いジャンルで活躍している。シンプルなモノクロの線画が印象的だ。「絵が単純だからテキストも単純にしたい。シンプルでどこまで言えるか、ちょっとチャレンジングでした」と谷川さん。「誰とも違う絵描きさんで、やる気になりました」とも。
Noritakeさんは、絵本づくりも戦争をテーマに作品をつくるのも今回が初めて。最初の頃は、あえて谷川さんと会わずに制作をすすめたという。「エネルギーの大きい方なので、本の方向性がつかめるまでは、会わない方がよいと思っていました」
制作はスムーズに進み、実際に会ったときには「そこまで緊張しなかった。これまで仕事をしてきた蓄積で、谷川さんとも、舞い上がったりせずに他の仕事と同様にフラットな気持ちで仕事ができました」
文とイラストで進んでいく絵本に突然、唯一の写真が登場する。「せんそうのくも(雲)」。原爆や核実験によって発生する「キノコ雲」の写真だ。これは、谷川さんがこだわったポイントだという。
「戦争体験が曲がりなりにもある人間とない人間とはちょっと違うだろうと思うんです。戦争の『手触り』を知っているという感じ」。谷川さんは戦時中に、東京で空襲にあい、焼死体をたくさんみた体験があるという。抽象化された絵本の中に、戦争の生々しさが加わった。
終盤は、敵と味方の比較に移る。描かれる人は、敵も味方も同じように見えるが、足や手の角度、口の大きさなどが少しずつ違う。Noritakeさんが描き分けた。「敵も味方も、平和の人も戦争の人も、悪い人に見えないように気をつけました。戦争までいかなくても、普段ケンカやつらいことがあったときに、自分がどうあるべきか。穏やかな日常の素晴らしさが伝わるといいです」
谷川さんも「『なんで同じ顔が二つ並んでいるの』と子どもが言って、親子で話すきっかけになるんじゃないかな」と話す。「戦争反対」といわずとも、シンプルな絵と言葉が読者に雄弁に語りかける。(矢田萌)=朝日新聞2019年6月29日掲載