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「ひとりで暮らす、ひとりを支える」書評 住み慣れた家で老いる地域社会

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月13日
ひとりで暮らす、ひとりを支える フィンランド高齢者ケアのエスノグラフィー 著者:高橋 絵里香 出版社:青土社 ジャンル:福祉・介護

ISBN: 9784791771615
発売⽇: 2019/04/23
サイズ: 19cm/261p

ひとりで暮らす、ひとりを支える フィンランド高齢者ケアのエスノグラフィー [著]高橋絵里香

 「群島町に暮らしている時、私はしょっちゅう天気のことを考えている」。こんな書き出しで始まる本書は、フィンランドの高齢者ケアを研究する一文化人類学者のフィールドワークの記録である。「群島町」――一万を超える島々からなる町を著者は仮にそう名付ける。島々を隔てる海は冬になると凍りつき、歩いて行き来することができる。朝起きてまず考えるのは、今日の寒さはどれくらいか、雪道の具合は、といったことで、天気を占わずには一日が始まらない。
 本書のキーワードは「ひとり」である。「一人」とも書けば「独り」とも書くこの言葉は、孤独、引きこもりの意味あいをもつ一方で、自立や独立を含意する場合もある。
 本書で紹介されている要介護高齢者は、ほとんどが自らの意志で一人暮らしをしている。その彼らも認知症がひどくなり、身体の自由がきかなくなれば施設に移るのだが、それまでは一人で生きる。
 これは、セルフ・ヘルプの考えによるものではないし、金銭勘定の結果でもない。住み慣れた家、その家で流れた時間、そして頭に残る過去の記憶、そうしたものを老いの伴侶としたいからである。このような「ひとり」を皆で支えるのがこの町の、そしてフィンランドの福祉である。
 本書は、公と私の間に介在する支援ネットワークに光をあてる。このネットワークを包含する地域社会は必ずしも一枚岩ではない。が、それは別に悪いことではない。なぜなら「全員が一致団結して同じ道徳的目的の下に行動する社会は、むしろ全体主義的なディストピアのように思えるから」である。フィンランドの個人主義は、社会の強制的セメント化に対する抑止力となっているのである。
 著者は高齢者の日常を追いながら、時折立ち止まって、公と私、自由、記憶と忘却などに思いを巡らす。筆遣いは平明で軽やか、読後感の清々しい本である。
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たかはし・えりか 1976年生まれ。千葉大准教授(文化人類学、医療人類学)。著書に『老いを歩む人びと』など。