おそらく20年ほど未来の日本。景勝特区では条例が制定され、「メッキ仕立てみたいな和風の建造物がごったがえし」、空は「ドロカイ」と呼ばれるドローンが飛び交い、監視する。森絵都さんの『カザアナ』(朝日新聞出版)は、そんな監視社会を舞台にしながら、その息苦しさを吹き飛ばす爽快なエンターテインメント小説だ。
シングルマザーのジャーナリスト、その娘と息子は、訪日観光客をもてなす国の政策のもと、「ジャポい」風習を押しつけられて暮らしている。石や虫などの自然と通じる異能の者たち「カザアナ」と出会い、様々な騒動を巻き起こしていく。
家族から始まった物語は学校、町、世界とスケールを広げていく。合間に、カザアナたちが夢にも見る、遠く平安の世に生きた「風穴」たちの物語が挟まる。儀礼にとらわれ、鬱屈(うっくつ)した貴族社会に翻弄(ほんろう)された彼らの姿が、現代とも重なってくる。
「いつか未来の話に挑戦したかった」と森さん。作中の日本はこうだ。東京五輪での景気浮揚効果は肩すかしに終わり、人口減少はいっそう進む。外国とのAI競争には敗れ、起死回生をかけて「観光革命」に打って出た――。
「五輪の後、社会がどうなるか、まったく見えない不安感を抱えている。いろんな方向がある中で、その要素の一つとして監視社会が進んだ未来を設定した。小説ならではのやり方で、風穴を開けられたらいいなと思った」
森さん自身も日常で、監視の恐怖を感じることがある。ある日、自宅の近所をパトロールする警官に「この辺は監視カメラだらけだから、大丈夫ですよ」と声をかけられた。「ぞーっとしました。笑顔で言われて、それもまた怖かった」
今作を書き始めた当初は、カザアナたちは世界を救う予定だった。だが、途中で気が変わった。「ふと思ったんですよ。カザアナが由緒正しき力をすごくばかばかしく使い、でもそれが結果的に身近にいる一人を楽しませられたら、それだけでいいのかなって」
森さんは言う。「どんな世の中になったとしても、楽しく生きていく方法はあるんじゃないかとどこかで思っている。自分たちの道を、自分たちで探すことが風を通す第一歩になるのかもしれない」(興野優平)=朝日新聞2019年7月17日掲載