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吉川晃司さんの「三国志」推しメンは曹操 アウトサイドな匂いが好き 

文:篠原諄也 写真:斎藤順子

――現在開催中の特別展「三国志」では音声ガイドのナビゲーターを務めている吉川さんですが、推しメンはいますか?

 「三国志」の人物で誰が好きかといったら曹操です。彼は武勇、知略に長けていて、官渡の戦いでは袁紹の大軍を相手に勝利します。そんな秀才が、一方では猜疑心が強く、残念な面も少なくない。日々頭痛に悩まされていたにもかかわらず、それを軽減する術を知る唯一の名医の華佗を、その短気から処分して殺してしまい、その後も頭痛に苛まれて後悔するという人としてのバランスの悪さに興味を惹かれます。

――吉川さんは特別展「三国志」で再現されている曹操のお墓「曹操高陵」に行ったことがあるそうですね。

 中国河南省安陽市にある「曹操高陵」にテレビの企画で、入り口のところまで入ったことがあります。曹操はその頭痛を治すために頭を冷やす石枕を使っていたようなんですが、その現物を見ました。石を削って頭をのせやすい形にしていました。当時の人たちはそんな石に患部を当てて、どのくらい効果があったんでしょうね。重い脳腫瘍だったそうだし、「痛みに耐え頑張って戦ってたんだな」と伝わってきましたよ。現地のお墓に触れたこともあって、思い入れが増しております。

――曹操は一般的には悪役とされることが多いですが、吉川さんはそんなアウトサイダーのような存在に惹かれるんでしょうか?

 私のようにロックを愛して見得を切って生きるようなタイプの人間は、だいたいアウトサイドの匂いが好きなんですよね。だから劉備にはあまり共感を持たない。劉備は漢の始祖・劉邦の子孫と称し、真似るようにも生きた人間なんですが、その劉邦と政敵である項羽で言うと、項羽が好きですね。そして項羽と曹操にも共通点を感じる。二人とも天才なのだけど、どこか大きく欠落している。

 一般的に「三国志」というと、曹操はアウトサイドだったかもしれないし、好きじゃない人も多いけれど、それはあくまで「三国志演義」の物語が劉備を中心に書かれちゃったからでしょう。本当は逆かもしれませんよ。

――他の人物の視点から見ると、それぞれに大義があって戦っていたんですよね。

 たとえば「黄巾の乱」では疲弊した民衆が反乱を起こします。張角が教主となって乱を起こして、劉備や関羽はそれを鎮圧するわけですが、当時の彼らには官位もなく、関羽も塩の密売人だったか、その用心棒だったかで生計を立てるような。つまり、やくざ者ですよね。良く言えば侠客のような存在。

 「黄巾の乱」は貧乏を強いられた農民の一揆で、実はそっちの方が正しかったのかもしれないでしょ? それを先導した張角には、別の思惑があったのかもしれませんが、見方によっては、一揆を起こした方が善で、鎮圧した方が悪でもあるわけで。

――吉川さんは「三国志」などの中国史のマニアで、当時の話を読む時には地図まで見ながら場所を確認するそうですね。

 『中国歴史地図集』(編者・譚其驤、中国地図出版社)という本を神保町(東京)の古本屋街で探して買いました。春秋戦国時代や殷周時代など、時代によっての地名が書いてある。「三国志」などの中国の小説や史書を読む時に凄く役に立つんですよ。中国は大陸であり、日本と違って川も太く長い、氾濫すると河口が平気で数百キロ移動してしまうこともあったようで。「もしかしたらここにある地名は本当はこっちにあったんじゃないかな」などと想像するのも楽しいわけです。

――吉川さんは「三国志」を読むと「過去の人物の魅力」を感じるとのことですね。

 私は文化と文明は大きく違っていると思っています。もしかしたら、便利さを追求する文明とは、実は堕落かもしれない。便利になって、果たして得るものより失ったものの方が多いのではないか?と思うことがしばしばありまして。

 人間は進化しているのか、退化しているのか。よく分からないですよね。「三国志」もそうですが故事を読むと、様々な文化が味わえます、心模様にも物事にも。もしかしたら、当時の方が豊かだったのかもしれない。そうした文化を現代もちゃんと継承できているのか、考えさせられますよね。

「三国志」は楽しい夢が見られるファンタジー

 吉川さんは7月8日、東京国立博物館・平成館で開かれた特別展「三国志」の取材会に出席し、「三国志」に出会った経緯やその魅力を次のように語っていました。

――(MC)吉川さんは大変「三国志」に詳しいという話をうかがっておりますが、なぜ親しまれるようになったんでしょうか?

 人生でいくつかつまずくことがあると思うんですけど、自分にとって「最大の岐路に立ったな」と感じたことが30代の頭の頃にあったんですよ。その時にやっぱり何か指南書みたいな、ヒントになるようなものを見つけたいなと思いまして。ただ、それまでは己を物差しにいきんで生きてきたタイプですから、困ったからといって、助けを乞えるあてもなく。ただ、史実や偉人さんに、何かヒントが見つかるんじゃないかなと思ったのが最初でした。

 まずは日本の歴史を辿っていったんですけど、日本の歴史を辿ると肝心なところには、ほぼ間違いなく中国の故事や古書が出てくるんです。それが分からないと、次にいけないなと。たとえば、織田信長さんにしろ、武田信玄さんにしろ、戦国時代の方々もそうなんですけども、この出来事、戦は何を元にしたのかというと司馬遷の史記や『孫子』の兵法が出てきたりね。そこを知らない限り、前に進めなくなっちゃって。じゃ一回中国にいこうと思って、読み始めたらハマっちゃったという。

――(MC)「三国志」の魅力はどういうところにあるとお考えですか?

 春秋戦国時代や殷周時代が、実は史実的には文化に変化が大きくあった面白い時期だと思うんですよ。そこの色々と画期的なことや、刺激的なロマンティックなことを集めて、「三国志」に脚色してあるように感じています。「三国志演義」として、それ以前の時代のダイナミックな出来事が。そういった意味で、物語として「三国志演義」は面白いんだと思います。

――(MC)いろんなエッセンスが盛り込まれていると。

 史実も含め、ドラマチックなことがね。もう一つは結局「三国志」という括りでいえば、強者どもが夢のあとでね、誰も最後成就できなかったという、皮肉も込めたところもあるんだと思いますね。司馬氏に全部丸ごと持ってかれちゃうみたいな。人間社会の栄枯盛衰といいますか。結局、同じことを繰り返しているというのは教訓でもあるんじゃないかと思っていますけどね。

――(MC)(展示を)こうやって目の当たりにすると、本当に皆生きていたんだというリアルな歴史が(伝わってきます)。

 やっぱり過去ってものすごい魅力的ですね。僕はファンタジーだと思いますね。過去の方がなんか楽しい夢が見られるというか。そういう時代になっちゃったというか、世の中になったということもあるのかもしれないなと思います。