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酔えば世界が混沌として見える 「誠光社」店主・堀部篤史

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『神戸・続神戸』 西東三鬼著 新潮文庫 464円
  2. 『酔っぱらいに贈る言葉』 大竹聡著 ちくま文庫 734円
  3. 『ディック・ブルーナ ミッフィーと歩いた60年』 森本俊司著 文春文庫 810円

 東京でのしがらみから逃れ、俳人西東三鬼がたどり着いたのは戦時下の魔都神戸。バーで働く女性の後をついて歩きたどり着いたトーアロード沿いの魔窟のようなホテルに住まい、そこで暮らす国際色豊かな住人たちとの交流を綴(つづ)った回想記(1)。淡々とした筆致と、型破りなエピソードとの対比が可笑(おか)しみを誘い、怪しげな商売をする外国人も、身一つでタフに生きる女たちも、分け隔てなく接する優しさが沁(し)みる。何よりも、簡単に人が死に、食うために手段を選ぶ余地のない戦時下において、自由を尊重するため「彼等(かれら)はそのハキダメホテルで極めて行儀が悪かった」という、混沌(こんとん)の中の生命力に心揺さぶられた。酒を飲めば酔う。酔えば世界が混沌として見える。そんな中で飛び出す言葉には、センス・オブ・ワンダーが詰まっている。

 (2)は著者が書物の中や実体験で出会った酒にまつわる言葉の数々を引用し、解説を加えた酒の肴(さかな)に最適な一冊。どの発言も楽しめたが、個人的には内田百けんによる「この店のビールはうまいから帰りに六本包んでくれ」というもの。瓶ビールなどどこで飲んでも同じものという、正論を超越した説得力に笑った。

 (3)は、日本では「うさこちゃん」の呼び名で長年親しまれてきたミッフィーの生みの親、ディック・ブルーナの評伝。読めば、シンプルな描線の中にアンリ・マティスやフェルナン・レジェを始めとする多くの芸術家やモダンデザインの考え方が背景にあることがよく理解できる一冊。=朝日新聞2019年7月27日掲載