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「短編画廊」書評 ホッパーが誘発する作家の妄想

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2019年08月17日
短編画廊 絵から生まれた17の物語 著者:ローレンス・ブロック 出版社:ハーパーコリンズ・ジャパン ジャンル:小説

ISBN: 9784596552099
発売⽇: 2019/06/17
サイズ: 20cm/478p

絵から生まれた17の物語 短編画廊 [編]ローレンス・ブロック

 赤い苺(イチゴ)のような乳首をした踊り子に熱心な画家が、妻をモデルにヌードを描く。妻がこっそり覗き見すると、自分の裸が踊り子に変わっている。ある日、妻は赤い乳首をして、舞台のかぶりつきで観ている夫の前に踊り子になって登場して小さい復讐劇を演じる。実はこの場面を先行したそっくりの絵がある。
 エドワード・ホッパーはアメリカの人気画家で現代美術に大きい影響を与えている。そんなホッパーの17点の絵に17人の作家が、短編小説で挑戦する。
 冒頭の一編はミーガン・アボットの「ガーリー・ショウ」。ホッパーのどの絵も物語を誘発する魅力がある。まるで静止した映画の一場面のようだ。アメリカの孤独なフトした生活の瞬間を、不穏な空気を、予知的に描く。作家のローレンス・ブロックが、ホッパーの絵を「物語は語られるのを待っている」と語るように、挿絵ならぬ「挿字」化されていく。
 隣接した隣のビルの一室を描いたサスペンス風の絵がある。まるで映画「裏窓」である。作家の眼は、窓越しの部屋の内部にズカズカと、妄想が侵入していく。
 次の絵も、外部から窓越しに部屋の中をホッパーは盗み見する。会話のない夫婦の間に息づまる空気が漂う。この絵に息を吹きかけようとしたのはスティーヴン・キングだ。夫婦の間を支配する息苦しさに終止符を打ったのは、夫の妻に語りかける言葉だった。妻を無視してひとりうつむきかげんで新聞を読む夫に断絶した怠惰な夫婦の関係を憂慮したが、私のとり越し苦労だった。二人の間の会話ははずんでいった。ごくありふれたマンハッタンに住む中年夫婦の生活のひとコマかと思ったら、そこに〝犯罪〟が立ち上がる。
 ホッパーの絵はどの絵もヒッチコック風のサスペンスを期待してしまう。物語を誘発するようなエロティシズムが底流にある。うまいところに目をつけた編者のアンソロジーである。
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 Lawrence Block 1938年生まれ。米の作家。著書に『倒錯の舞踏』『死者との誓い』など▽Edward Hopper 1882~1967。画家。