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よくわかる、でもわからぬ 作家・円城塔

  • ローレンス・ブロック編『短編画廊 絵から生まれた17の物語』(田口俊樹他訳、ハーパーコリンズ・ジャパン)
  • サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』(見田悠子訳、河出書房新社)
  • ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』(岸本佐知子訳、講談社)

 一目みただけで、深く印象に残り続ける絵画というものがある。必ずしも意味がわかるとは限らない。むしろそこに何が描かれているのか、長年にわたり考え続けることになっていくような絵だ。
 たとえば、アメリカの具象絵画を代表する一人、エドワード・ホッパーの「ナイトホークス」。誰もが、ああ、見たことがある、となるのではないか。
 『短編画廊』はそんなホッパーの作品を一人一作題材として、17の小説を集めた短編集。ミステリーやホラー、サスペンスに不条理ものと書き手の幅は広く、それぞれがホッパーの絵から受けた印象を小説に移しかえようと試みている。翻訳者の多彩さも魅力。
 同じように小説でも、一文を読んだだけで、その場に釘付けになるという本がまれにある。それほど変わったことが書いてあるわけではないはずなのに、なにか力のようなものがみなぎっていて目が離せない。
 『七つのからっぽな家』はそのタイトルのとおり、家に関する7篇(へん)の小説をおさめる。冒頭の作品の最初の一文は、〈「迷っちゃったわ」母が言う〉。
 どうやら母は車を運転しており、語り手はその車に乗っている。母はそのまま、他人の家に車を乗り入れたりしはじめる。他人から守ってくれる場所であるはずの家に、ずるずると侵入していく。全篇を通じてこの種の居心地の悪さ、起こりうることがただ起こっているだけという寒気がただよう。
 小説の楽しみはなにも、あらすじを追うことだけにあるわけではないのだ。一文から一文への移りかわりを追うだけで胸に何かが迫ってきて手をとめられなくなったり、それとも読み進めることができなくなったりする。
 『掃除婦のための手引き書』は2004年に亡くなったルシア・ベルリンの24作品をおさめる。多くの作家に影響を与えたものの知名度の点では今ひとつだったというベルリンの再発見の契機となるはずの短篇集。
 鉱山町を、テキサスを、刑務所を舞台に、どこかがずれてしまった家族の姿を、アルコール依存症を、創作を語るベルリンの小説はどれも彼女の体験に根ざしているが、必ずそこから距離が置かれて、ひたりきるということがない。読者は、そこに書いてあることがとてもよくわかると思う。でもわからない。そこに何が書かれているのか、長年考え続けることになるような短篇が並ぶ。=朝日新聞2019年8月11日掲載