故郷奪われた2人 壮大なスケールの群像劇
北海道の北に浮かぶ島、樺太(サハリン)で生まれたアイヌ民族の少年ヤヨマネクフが主人公の一人。日本とロシアのあいだで領有権が揺れる島から出ることを余儀なくされ、北海道で暮らす。「立派な日本人たれ」との教育を受けながら、五弦琴(トンコリ)が上手な美少女キサラスイをめぐって幼なじみとの三角関係に悩む。
もう一人の主人公は、ロシア占領下の旧リトアニアで生まれたポーランド人の青年ブロニスワフ・ピウスツキ。ロシア皇帝の暗殺を企てた罪でサハリンに流され、そこで先住民の狩人と出会ったことから、民族学的な興味を持つ。物語は2人それぞれの視点で幕を開け、彼らの人生が交差することで速度を上げていく。
「妻との旅行で北海道に行って、白老(しらおい)町のアイヌ民族博物館に何となく立ち寄ったら、ブロニスワフ・ピウスツキの銅像があったんです」。2015年、まだ作家でもなく、小説も書いていない頃だった。
「ポーランドの人なのに北海道の、アイヌの博物館に銅像がある。なんでだろうと思って少し調べてみたら、南極探検に行った山辺安之助(ヤヨマネクフ)とも知り合いだった。遠くと遠くの文明や文化、歴史がここで出会ったんだというのが、すごく興味深くて」
豊臣時代の朝鮮出兵を描いたデビュー作『天地に燦(さん)たり』(文芸春秋)でも、日本と朝鮮、琉球からなる三つの視点を置いた。本作との共通点について、「異なる背景を持った人たちが出会うことによる化学反応に興味を感じるところが多い。たぶん、そういうものを中心に書いていくんだと思います」と話す。
日本、ロシア、欧州と、ワイドスクリーンで描かれる物語は、いわゆる歴史の断面を見せるスタイルとは一線を画す。「特定の歴史観を否定するわけではないですけど、歴史そのものは、何か一つの原理に沿って動いているものではない」。あえて一刀両断せず、群像劇に仕立てた。
「歴史は個々人が自分の都合で頑張ったり、くじけたりしてるもののランダムな集積。一人一人から見える景色を寄せ集めていくことで、その時代らしきものが浮かびあがってくる」
主人公の2人は、ともに故郷を奪われている。「僕自身は故郷の日本に住んでいて、自分がどこから出て来たんだという意味でのアイデンティティーに悩むことはない。一方で、そういうものがあらかじめ準備されていない人たちも世の中にはいっぱいいる」
「多数派の人間が普通だと思っていることへの反感も、小説を書くモチベーション。僕らがのうのうと暮らしてるから、少数派の人の苦難に思いが至らない、やさしくない社会が出来上がっていくんじゃないか、という気がします」(山崎聡)=朝日新聞2019年9月18日掲載