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「熱源」書評 アイヌの人生軸に世界を見渡す

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2019年10月05日
熱源 著者:川越宗一 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163910413
発売⽇: 2019/08/28
サイズ: 20cm/426p

熱源 [著]川越宗一

 小説である。
 舞台は樺太から始まり、東京へ、ロシア帝国へ、南極へ、フランスへと飛んでいく。時代は明治維新から第2次大戦後まで。主人公の一人はアイヌのヤヨマネクフで、その少年期から物語はしるされ、彼はのちに山辺安之助とも名乗る。
 樺太でのアイヌの生活はいかなるものか、和人はどのように彼らに接してきたか、そして地理的には当然ロシア人がからんできてしかるべきであり、小説はヤヨマネクフを描くことで時代の変動と、様々な文化を読者に教えてくれる。
 日清日露戦争、二つの世界大戦。その時、アイヌはどうしていたか。日本はどのように国家を造ろうとしていたか。その衝突がどういう先住民抑圧を生んだか。
 こう書くだけで、本書の持つテーマが素晴らしく興味深く、また小説だからこそ多様な生き方を提示出来ることに納得していただけるのではないか。
 私もたまたま今年、マンモス博物館を訪ねるためロシアのサハ共和国へ行った。驚いたのは時差がまったくないことで、気づけば日本列島の真上にシベリアは広がっているのだった。
 サハ人の風貌はきわめて日本人に近く、狩りに際しての獲物への感謝のあり方なども、アイヌや日本の狩猟採集文化と酷似していて私は改めて驚いたものだ。
 その〝真上〟の世界を愛をこめて活写し、大きな時代をとらえた本書は、司馬遼太郎『坂の上の雲』の別バージョンとして読まれるとさらに面白く、同時期ロシア人はどうしていたか、アイヌを巡って金田一京助は、ロシアを巡って二葉亭四迷はどう生きたかを重ね合わせることが出来る。
 小説の工夫として作者は、視点人物がポーランド人の時、「畳」を「草を分厚く編んだ方形の敷物」と書き、アイヌ人の時に「天皇陛下」にモシリカムイとルビを振る。各人の立場によって世界が変わって見えることを丁寧に示したこうした細かい遊びも奥が深い。
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かわごえ・そういち 1978年生まれ。2018年『天地に燦たり』で松本清張賞受賞、作家デビュー。本作が2作目。