- 『われら』 ザミャーチン著 松下隆志訳 光文社古典新訳文庫 1166円
- 『天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼 日本五大どんぶりの誕生』 飯野亮一著 ちくま学芸文庫 1320円
- 『東京でお酒を飲むならば』 甲斐みのり著 祥伝社黄金文庫 803円
近未来に訪れる反ユートピア社会を描いた「ディストピア小説」と呼ばれるジャンルが好きで、帯にその言葉を目にすると手に取る。同時代の作家が書いたものであれば訪れるであろう未来へのイマジネーションを、過去に綴(つづ)られたものであれば細部に現在との相似を見いだして愉(たの)しんでいる。(1)はロシア革命から間もない1921年に完成された、ソ連の作家ザミャーチンによるもので、長らく日の目を見なかったが大戦後に同ジャンルの金字塔『一九八四年』の著者であるジョージ・オーウェルに再評価されたという曰(いわ)く付きの作品だ。全体主義が極限まで推し進められた単一国家が支配する世界においては「わたし」と「われら」は同義語である。「タブレット」で一日の活動内容が管理され、「全会一致の日」という名のもとに行われる儀式化した選挙などのディテールに、この作家の先見性を垣間見た。
(2)は「どんぶり物」という日本独自の合理的かつ味わい深い発明品がいかにして生まれ、発展してきたのか200年の歴史を綴る。膨大な数の食随筆や古い料理書など資料の数々からの引用によって織りなされ、古本好きには古書店通いが楽しくなりそうな一冊。
知られざる名店ガイドや、酒場にまつわるストーリーなど、昨今酒場を案内する本は無数にあるが(3)の魅力は、少し背伸びして足を運ぶ非日常空間への感受性にある。酒場の存在意義はただ酔うためではなく、日常とは異なる時間に身を置くことにある。=朝日新聞2019年10月5日掲載