「あの小説をたべたい」は、好書好日編集部が小説に登場するごはんやおやつを料理し、食べることで、その物語のエッセンスを取り込み、小説の世界観を皆さんと共有する記録です。
今回は、吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』の世界へ。
路面電車がのんびりと走る町に引っ越してきた大里君こと、オーリィ君。商店街のはずれにあるサンドイッチ屋「トロワ」で働くことになり、オリジナルのスープを作ることに。
トロワの店主・安藤さんと息子のリツ君、アパートの大家さんのマダム、映画館でよく出会う緑色の帽子の老婦人……。
さまざまな人々との交流の中で、どこか懐かしくてほっとする「名なしのスープ」が生まれます。
「名なしのスープ」を食べる
オーリーィ君が納得のできるオリジナルスープがようやくできあがり、みんなに試食をしてもらうことに。まだ名前がないという、このスープ。試食の感想を手がかりに、どんなスープなのかを想像してみました。
「これは、おふくろの味ですね」 急にリツ君がそんなことを言い出した。
マダムは「おいしい鶏のだしがきいてるけれど、海老の味もするし」と言い、リツ君は「じゃがいもの味かなぁ。少し甘くて、少ししょっぱい」とむずかしい顔をした。
「なんだと思います?」と安藤さんに訊くと、「くだものかな? 桃とか」 まだ完成していない鍋からひと口だけ味見して、それでも首をひねって悔しそうにしていた。
「おふくろの味」、ということは家庭料理のような素朴な味? そんなに手の込んだものではなさそうです。
でも、「少し甘くて、少ししょっぱい」という味は、なかなか複雑な味のよう。「鶏のだし」「海老」「じゃがいも」「桃」……。すべての要素を盛り込んで作ってみたのが、今回の「名なしのスープ」です。
具材をさいの目にカットし、軽く炒めてコンソメと一緒に煮込んでいきます。調理法はきわめてシンプルですが、具材の組み合わせやバランスによってできあがるスープの味は別物になります。作る人によってもできあがりが変わる「名なしのスープ」は、なんだか人の生き様のようにも思えてきました。
とくに今回は「桃」のやり場が最大の難関。白桃なのか、黄桃なのか。ペーストにして入れるのか、原形をとどめたまま入れるのか……などなど。
迷った末に、黄桃をさいの目にして入れてみることに。味はというと、確かに「少し甘くて、少ししょっぱい」今まで食べたことがない不思議な味でした。
少しずつ肌寒くなってきた今日このごろ。自分好みの「名なしのスープ」を作ってみてはいかがでしょうか?