「あの小説をたべたい」は、好書好日編集部が小説に登場するごはんやおやつを料理し、食べることで、その物語のエッセンスを取り込み、小説の世界観を皆さんと共有する記録です。
今回は、岡本かの子の短編『鮨』の世界を味わいます。
東京の路地裏の片隅に佇む鮨屋「福ずし」。店の看板娘・ともよは、常連客の一人、50過ぎの紳士・湊のことが気になっていました。
ある日、外で湊とばったり会ったともよは、病院があった焼け跡の空き地で湊と二人きりで話すことに。ともよが、なぜ鮨を好んで食べるのかを問うと、湊は鮨を食べるのは「慰み」だと、幼少期の思い出を語り出します。
「慰み」を食べる
子どもの頃、潔癖の嫌いがあり、おそろしく偏食だった湊。ほとんどの食べ物が食べられず、困り果てた母親は、桶や蠅張(はいちょう)などの道具を新調し、きれいに洗った手を見せながら自らの手で鮨を握ってみせます。
玉子にはじまり、イカ、タイやヒラメなどの白身魚と、クセがあまりない淡白なネタから息子の舌を慣れさせる母親の細やかな気配りには愛情を感じずにはいられません。
そして、そんな母親の思いはしっかりと湊少年にも伝わります。
それをひとつ喰べてしまうと体を母に拠りつけたいほど、おいしさと、親しさが、ぬくめた香湯のように子供の身のうちに湧いた。
誰かのことを思い、誰かのために作る料理には何かしら力があるようで、食が細かったはずの湊少年が自ら鮨を欲するようになります。
五つ六つの鮨が握られて、摑み取られて、喰べられるーーその運びに面白く調子がついて来た。素人(しろうと)の母親の握る鮨は、いちいち大きさが違っていて、形も不細工だった。
手巻き寿司は作れども、握り寿司となるとなかなか家庭では作らないもの。
酢飯を作って好きなネタを用意すれば準備は完了ですが、やはり難しいのはシャリの握りでした。
とはいえ、形が不揃いでも、途中でシャリが崩れようとも、寿司下駄まで用意すると、もはやちょっとした非日常感が味わえるエンタメです。握り寿司パーティー、ぜひ一度お試しください。