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島崎藤村「破戒」 ついに自我の苦悩を表現

しまざき・とうそん(1872~1943)。詩人、作家

平田オリザが読む

 一八九七年、二五歳で刊行した『若菜集』で一躍ロマン主義の旗手としての名声を獲得した島崎藤村は、しかしその数年後から、長野県小諸で雌伏の時を過ごすことになる。

 約六年の呻吟(しんぎん)のなかで藤村は詩と決別し、小説家として生きる覚悟を決める。そして、大きな決意と野望を持って、『破戒』の原稿の一部を懐に抱え、再度の上京を果たした。

 一年後の一九○六年、のちに子供を相次いで失うほどの困窮のなかで、『破戒』は自費出版の形で世に問われる。

 被差別部落の出身である主人公瀬川丑松は、出自をかくして生きていくことに苦悩する。その追い詰められていくさまが、人間関係から緻密(ちみつ)に描かれる。

 刊行後、本作はたちまち大きな反響を呼んだ。一青年の近代的自我の苦悩を言文一致体で表現するという、明治の文学青年たちが目指した理想が、ここに見事に結実していたからだ。またそれは、藤村の師であり同志であった北村透谷が目指しながらなし遂げられなかった「近代小説」の一つの完成形でもあった。同時期に『坊っちゃん』を書き上げていた夏目漱石は、「明治の代に小説らしき小説が出たとすれば破戒ならんと思う」と森田草平宛(あて)の手紙に書いている。

 もう一点、この作品が画期的だったのは、こうした被差別部落問題という社会課題を、文学の形で取り上げた点にある。

 新しい文体を手に入れたが、そこに書くべきものが見つからない。二葉亭四迷や国木田独歩が抱えた苦悩を、ついに藤村は乗り越えた。小説は単に人間の内面を描くだけではなく、それを通じて社会変革を訴えることも出来る装置となった。

 『破戒』における被差別部落問題の取り上げ方には、もちろん限界もあった。それでも『破戒』の文学的価値は失われることはない。いやむしろ、ヘイトスピーチが横行し、ネット上でも差別的な言動が普通にまかり通ってしまう現在、もう一度読み返されるべき作品だと私は思う。=朝日新聞2019年11月2日掲載

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