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滝沢カレンの「西の魔女が死んだ」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

キーンコーンカーコーン。

「はい、じゃあ今日の授業はここまでだ」
春の暖かい風が教室の窓をすり抜けて、生徒たちの髪を遊ばせる。

「気をつけて帰れよー」
「先生、さようならー」
「また明日ねー!」
元気漲る声が春風と共に校内に響き渡る。

「まいー! 今日帰りにプリクラとりいかない? 新しく商店街にできたゲーセンでー!」
「いいねー! いこういこう!」

古神まい。
まいは、小さい頃に両親を亡くしてずっとおばあちゃんに育てられてきた。

とくに不自由はなく毎日を誰よりも活発に楽しむ性格で、友達もおおかった。
勉強はできやしないが、運動神経や理科の実験などは得意であった。
今日も宿題を放り投げて近所にプリクラを撮りにいく当たり前な放課後だった。

「あそこのプリって何台あるんだろうね?」
「分からないけど、めちゃくちゃ盛れるってお姉ちゃんが叫んでたからさ! すごく気になってて」
友達のより良い情報にまいは目をキラキラさせた。

中学校を出ると、膝まであったスカートを太ももまで織り上げ、口紅にはほんのりピンクのグロスを塗った。
まいは正真正銘の中学校生活を楽しんでいたのだ。

プリクラを散々楽しみ、タピオカを吸い上げ、放課後を満喫した2人は帰り道にすら花を咲かせていた。
そんなまいの平凡な暮らしはこのような感じで毎日続いていた。

そんなある日。
何度も何度も名前を呼ばれて深い溝にはまっていくような、辛さと悲しみを感じる夢をみた。

春だというのに寒気がする朝をまいは迎えた。
ゾクっと感じる風に布団を改めて握り直した。
「変な夢。なんなの、朝から」

寝起きは最悪だった。
窓からみた外はどよんと重さを感じた・・・・・・。
「変な天気。学校、いきたくないなぁ」
寒くてその日の準備は永遠に感じた。

まいが歯磨きをしていると、コンコンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。
おばあちゃんは今友人と温泉旅行に行っている為、家にはまいしかいなかった。

「はぁぁぁい」
歯磨きの泡だらけのため、腑抜けた声で返事をした。
ブクブクもいい加減に玄関を開けた。

そこには、だーれもいなかった。

(あれ?聞き間違いかなぁ)

まいは辺りを見渡すが、いつもと変わらない近所の風景だった。
家に入ろうと振り向くと・・・・・・ドアの前に1人の女が立っていた。

「ひぇっ!!!」
聞いたこともない声をまいは出し、ビクッと身体中を動かして驚いた。

その女は下を向いていてなんだかおっきな帽子をかぶっていたため、顔が分からず口元だけが見えていた。
真っ青、いや黒にも近い唇だった。
だが、まいはあったこともないはずだが、なんだか落ちついた態度だった。

「どちら様ですか?」
まいが訊ねる。

「西の魔女が危篤だ。あんたが必要だ。ついてきてほしい」
片言のような、感情が伝わらない、流れるような三文だった。

だが不思議と内容はまいの耳をスゥっと通り確実な気持ちは受け取れた。
「西の魔女??」
耳馴染みのない言葉だが身体の奥が受け入れる感覚があった。

「あなたに記憶はない。だけどついてきてほしい」
帽子の黒唇女は続けて話した。

「何のことだか、わからないけど。私が必要なんですよね?」
「必要だ。すごく」
「わ、わかりました」
まいは身体のどこからかから発する信号を感じ帽子の女を信じた。

まいが納得すると、帽子の女は急にへんな呪文をぶつぶつ言い出すと3回足踏みした。
すると一瞬にして景色が変わったのだった。
そこは見たこともない薄暗い森の中だった。
暖かさは一欠片もなく肌寒さと木の上に飛び回る何かしらの物体で木はカサカサ唸っていた。

「ついてきて」
帽子の女はまいを気にすることなく森の暗闇につれていった。
「ここはどこ?」という声すらかけられない雰囲気だった。

絵:岡田千晶

行くがままについていく、まい。
帽子女はスタスタ森の奥まで進むとなんだか古い木でできた家についた。
ぼんやりと建っている割には、存在感が強く只者が住んでいる雰囲気ではない。
まいは冷静に考えたらとんでもなく普通ではないことをしているのに、どこか冷静な自分に驚きながら家を見つめていた。

「貴方に記憶はないはず。だけれどきっとわかってくれると皆んなが信じているから。頼むわよ」
帽子の女はフッと唇を動かし少し笑ったように見えた。

「・・・・・・はい」
まいは、はい。以外の言葉が見つからなかった。

ギィィィー。

扉をあけると、古くしけった木の音と匂いが広がる。
そして扉が開いたとたんに、まいの身体にまとわりつくような草の匂いや謎な煙に包まれた。

「ゴホッゴホッ」
思わずまいは慣れない匂いに咳き込んだ。

言われるがままついていくと、突き当たりにそれはそれは、どでかいドアにたどり着いた。
帽子の女が「つきました。開けます」と言うと、どでかいドアは勝手に開いた。

中は煙まみれもいいとこだった。中の家具すら見えない。
モクモクつにした部屋に入るとそこにはトンガリ帽子をかぶったたくさんの女たちがいた。

一斉にまいを見ると、
「あら、久しぶりじゃない」
「あんた、わかる訳ないじゃない」
「あぁそうだったわ」
アハアハ。

何やら不気味な女たちがまいの方を見ながらクスクスしていた。

するとまいを見るなり、バァァァーッと女たちは花道のように離れていくと、そこにはインパクトを放ちまくりのベッドがドカンとあり、あからさまなボスを思わせる女が眠っていた。

まいは女たちに背中を押され、サーっと前に押され、ボスのような女のベッドサイドにたたされた。
すると、ボス風な女は眠そうな顔でこっちを見て口を開いた。

「まぁまぁ。よく来たね、ジョエルヌッサ。悪いね。呼び出してちまって」
「え?」
「まい。だろ? よ〜くしってるよそりゃ。あんたの親友? いや、戦友みたいなもんだったからね」
「なんの話ですか?」

「ドリチェーナ、あんまり深くは言わなくていいんじゃないかしら? 重要なことを彼女に」と、トンガリ帽子の一人が口を開いた。
どうやらこのボス的な女はドリチェーナという名前らしい。

「そうだったわね。ゴホン。ひぃーゴホンゴホン」
ドリチェーナは苦しそうに咳き込んでいた。

すると周りのトンガリ女たちが、「無理しないで、寝てなさい。あとは私たちが」と言うと、ドリチェーナは、「あぁ、ありがとう、それじゃ、頼むよ」。
そういうと、まいは他の部屋に連れられた。

そこには4、5人のトンガリ女たちがまいに説明し始めた。
「わからないことだらけだろうけど、落ち着いて聞いて欲しいの。ドリチェーナはいま3560歳。まぁあなたの世界では考えられないかもしれないけど、こっちの世界でも長生きのほうよ。そんなドリチェーナは急激にここんとこ身体が弱ってきてね・・・・・・」
「は、はぁ・・・・・・」

まいは何が何のことだか、という顔で口をぽかんとあけて聞いていた。
「でね、なかなか信じられないだろうけど、さっきドリチェーナが言っていた通り、あなたは昔ドリチェーナの深い友達だったのよ。そんなあなたも強い力を持っていたの」
「は、はい・・・・・・それでつまり、私がきた意味はなんですか?」

「よくぞ聞いてくれたわ。ドリチェーナが良くなるには、グッカサ草が必要なの。グッカサ草はあなたの守備地域にしかない貴重な草よ。あなた以外、誰も入れやしない」
「はい? なんですかそれ」
「まぁ、分からないのも無理ないわ。あなたの中に記憶はないはずだから。だけど行ったらきっと何か分かるはずよ」

「どこにその地域はあるんですか?」
「東のほう。東の森はあなた以外は入れないのよ。だから、今回あなたを探す指令がはいり、人間界から連れてきたのよ。地域ごとに入っていい人が決まっているのよ」
「グッカサ草をあなたが取ってきてきてくれたら、あなたの大切なドリチェーナも助かるの。大切だった、のが正しいかもしれないけど」
「はい・・・・・・なんで私なんだか分かりませんが・・・・・・私がドリチェーナさんを助けることができて、みなさんのお力になれるのなら」

戸惑いながらも緊迫した緊張感のある雰囲気にのまれたまいだった。

「ありがとう。そう来ると思ったわ。じゃあ、早速だけど行ってもらうわ。グッカサ草はとんでもなく光っているはずよ。きっと分かるはず。忘れないでね、帰ってくる時は、ゴンゴンゴニョーロと言って足踏みを三回したら帰ってこれるから」と言われて、また外に出た。

「ゴンゴンゴローニョ・・・・・・?」
口で何度も口覚えして、焼き付けた。

そして、家に来た帽子女がまたスラリとやってくると、足踏みをまた三回し始めた。

トン トン トン。

!!!!

するとまいは目を開けると一瞬にしてそれは暗い暗い茂みについた。
「え、なにここ? 想像以上に暗いっ」
自分が軽はずみな言葉でここにきてしまったことを悔しんだが、ドリチェーナのあの目が忘れられず何か放っておけない気持ちに襲われた。

まいは、暗闇の茂みをただひたすら歩いた。
暗闇にはコウモリの鳴き声が響き、月の光すら見えない。

「なんなのよ。もうはやくナントカ草見つけて帰らなきゃ」
まいは茂みをかきわけながら探した。

すると何かの目が茂みから光ってみえた。
「ん? 動物?」

まいは目を張り詰めた。
近くまでいくとその目は増えてきた。
「げ! 気持ち悪」

まいはなんかしらのいきものの光る目が増えていくのを感じた。
するとその目ん玉たちはまいを誘導するかのように移動した。
目がきょろきょろと暗闇のまいの道を照らすように先へ進んだ。

「みんなありがとうー! おかげで足元が楽だわ!」
まいは引き続きグッカサ草を探す旅に奮闘した。

目ん玉たちについていくと、急に紫の光をあからさまに違和感を出しながら光る場所を見つけた。
「もしかして・・・・・・あれかな」

近付くとそこには、グッカサ草とザクザクした字で書いてある。
「あったー!!」
見渡すと目ん玉はいつの間にかいなくなり紫光した光景が目一杯に入ってきた。
取れるだけまいは取った。

その草は本当に素晴らしく光っていた。
これをドリチェーナにあげればなおるのか、とまいはたくさん摘んだ。

そして戻ろうと後ろを振り返ると、すぐ目の前に壁があり、後戻りできない空間だった。
「え? ・・・・・・あそうだ呪文を唱えなきゃ」
まいは教えてもらったとおりに、「ゴンゴンゴローニョ!」と発してから足踏みを3回した。

すると、渦巻雲が急にやってきてまいの周りを囲んだ。

すると一瞬にしてバサバサバサッと天に舞った。

そして次の瞬間目を開けると・・・・・・そこは見覚えのある森だった。
そこにはまたトンガリ帽子の女たちがいた。
こんなに早く帰ってきたのに、なんだかみんなはやっと帰ってきたというような表情だ。

「遅かったわね。帰ってきたわよ」
「さぁ、急いでドリチェーナの部屋へ」
「は、はい」
また先ほど連れてこられた一番奥の部屋にきた。

「え??」
さっき話していたドリチェーナは何も言わずにじっと目を閉じていた。

「グッサカ草をもってきたわ! これをあげて!」
すると周りは目を合わせながら気まずそうな顔をしている。
「どうしたの? みんな」

するとひとりのトンガリ帽子の女が近寄ってきて話した。
「西の魔女はもう死んだわ」

まいは驚きすぎて手からグッサカ草を落とした。
「あんたグッサカ草を取りに行くって言ってから、もうどれくらいかしら3、4ヶ月はたったのよ」

「え? え? え?! どういうこと? 私はさっき行って帰ってきたのよ」
「魔女の世界はそんなちいさくないんだよ。あんたの地域はものすごく遠いから、魔女の記憶を忘れちゃそりゃ時間かかるさ。まだもしかしたら片隅に魔女だった気持ちをと思って行ってもらったんだよ」

「魔女? わたし魔女だったの?」
「あぁそうだよ。あんたは立派な東の魔女だった。ドリチェーナとは大の仲良しで、あんたの地域では病気を治す草がわんさか取るれるって有名だったの。でも東の森に足を踏み入れらるのはあんただけさ」
「だから人間界からつれてきたのよ」

まいはひたすら黙っていた。
ただ一点を見つけめながら。

「あんたはね、人間として人生をはじめたいって急に言うもんだから。ドリチェーナは何度も止めたわ。なぜなら、東の魔女がいなくなると西の魔女の力がぐんと落ちるからね。
あんたと支えあって生きていたようなもんだったから。あんたがいま人間として生きれてるのはドリチェーナが最大限の魔法を使って人間にしたからよ。そのかわり魔女だった記憶はなくして」

「そんな・・・・・・全然しらなかった。だから私には両親がいなくておばあちゃんに育てられたのかな」
「そのおばあちゃんもドリチェーナの魔法によって存在してるのよ」

まいは自分の生活に感謝した。

「私・・・・・・また人間界にもどれる?」
「もちろんよ。ドリチェーナは本当に助けてもらいたかったわけじゃなく、あなたにひと目会いたかったのよ。照れ屋だからね。こんな形になってしまったけど後悔なく天国に行ったはずよ」
「そ、そう。私、ドリチェーナの分まで生きなきゃね」

まいは再び家の外に出ると、台風どころじゃない強風が荒れ起こったかのように吹いていた。
「きっと、ドリチェーナよ」
「え?」

まいはなんだか急にドリチェーナが恋しくなり叫んだ。
「ドリチェーナ! あなたはずっと私の親友よー! さよなら」
その言葉を発してから、まいは視界が真っ暗になった。

........

「まいー! まいっ! おきて!!」

まいはパッと起きるとそこはいつもながらの教室そして、自分の机にべったりとよだれを垂らしていた。
「やだっ。あれ? 西の魔女は? ・・・・・・ドリチェーナやトンガリ帽子の女たち・・・・・・え?! わたし夢・・・・・・?」
「何いっちゃってるの? まい。ずっとあんた寝てたよー。ほら起きて。帰るよー」

まいのあの出来事は、夢だったのか、実話だったのか・・・・・・分かりやしない。
だが、一つ分かったのは、自分の人生はきっと誰かのためにあって、きっと誰かのために生きていたらもっともっと自分を大切にできるんだと。
誰かにとって 自分の人生は宝物なはずだから・・・・・・。

真実は誰も知らない。

そんな春の謎な体験だった。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 中学生のまいは、イギリス人の祖母が心臓発作で倒れたと聞き、母親と2人、遠く離れた祖母の家へと向かいます。その家は2年前、学校に行けなくなってしまったまいが、祖母とともにひと月余りを過ごした場所でした。

 物語はまいの回想の形で進みます。自然に囲まれた家で、祖母と自家製ジャムを作った後、まいは意外な話を聞かされます。祖母が日本人と結婚したのは、祖母の祖母(まいの高祖母)が「魔女」だったから。ほんの少し未来を見通す不思議な力を持っていたからだというのです。自分も魔女になりたいと望むまいに対し、祖母は魔女修行の基本は「何でも自分で決めること」と話し、自然とふれあい、規則正しい生活を送るようにうながします。心身ともにのびのびとした日々を送るまいでしたが、ある事件をきっかけに仲違いをしてしまい……。

 もちろん「西の魔女」はまいの祖母のこと。この作品に出てくる魔女は決して魔法使い的な魔女ではありません。現代社会において、ともすれば傷つき、ゆがめられてしまう人々を「グッサカ草」の力を借りなくても癒やしてくれる存在でしょうか。カレンさん版のまいは、途中で「東の魔女」だったことがわかりますが、梨木版も物語の最後に、小さな奇跡によって正体が明かされます。