〈私は机に向かうとき一尾の鮎(あゆ)を念頭に置いている。できれば鮎のような姿の作品が書きたい。無駄な装飾のない、簡潔な、すっきりとした作品。〉
そう書いたのは三浦哲郎で、これを碑文に顕彰しているのが出身地の青森県八戸市である。郷土の誇りのようで、中心部の八戸ブックセンターに行けば三浦の文机が再現されていた。
このブックセンター、全国でも珍しい市営書店として3年ほど前に出来た。本好きを増やし、本で町を盛り上げようという試みで、おしゃれな商業ビルの1階にある。一般書店と違うのは漫画や雑誌、新刊書の棚がなく、「みつめる」「かんがえる」といった言葉でテーマごとに分かれていることで、新旧の本が並ぶ。
手に取った本を読むための椅子があり、飲み物が買え、それを手に店内を回っても構わない。「買って下さい、ではなく、まず読んで下さい、なんです」と所長の音喜多信嗣(おときたのぶつぐ)さん(46)。玄人好みの本も多く、アレン・ギンズバーグの厚い詩集を久方ぶりに目にした。
街の書店との共存に気を配り、注文があれば回している。作家らを招いての催しも頻繁で、読書会用の部屋ばかりか、登録すれば使える「カンヅメブース」まであって、ここからの作家誕生が待たれている。
採算を考えたら出来ない書店だろう。音喜多さんはこれは「文化への投資」なのだと語る。実を結ぶには長い歳月を要すが、文化への投資とはそういうものには違いない。(福田宏樹)=朝日新聞2019年11月27日掲載
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売れ筋
●『幸福な水夫』木村友祐著(未来社) 八戸市出身の作家の小説2編と書き下ろしエッセーを収録。南部弁が駆使されている。
●『DUO 中居裕泰 森山大道』(編集・造本=町口覚、bookshop M) 八戸ブックセンターで開かれた「紙から本ができるまで展2019」にあわせて刊行された写真集。