くしゃくしゃ。本のタイトルの文字が印刷された紙を丸める。広げてコピーにとると、かすれた風合いの文字になる。そんな場面から始まるドキュメンタリー映画「つつんで、ひらいて」は、40年以上に渡り、1万5千冊を超える本を手掛けてきた装幀(そうてい)者の菊地信義さん(76)の姿を追った。「デザインは設計ではなく、こさえること」と言うぬくもりが感じられる作品だ。
広瀬奈々子監督(32)が編集、撮影も行い、2015年から3年ほどかけて制作。菊地さんは、昔ながらの手作業で、方眼紙に切り抜いた活字の紙をはり、定規や鉛筆、ピンセットなどを使ってデザインしていく。「1ミリ左」などと細部までこだわる。「僕の装幀は物との闘い。鉛筆の芯は折れるわ、消しゴムのかすが散らばるわ、その中から図が見えてくるのです」
著者の埴谷雄高の脳の断面をCTスキャンで撮って表紙に使った『光速者』や、はみだしそうなタイトルの文字が強烈な平野啓一郎『決壊』など、発想豊かな装幀をスクリーンで紹介。「なんか面白そうと本を思わず手に取らせる。装幀は瞬間芸。見えるものから、主体的に見るものにするのが僕の仕事」と言う。
映画は、章立てにするなど構成や作りも本を意識した。「菊地さんが紙を触っている姿がステキだと思った。手触り感や物質感が出るよう工夫した」と広瀬監督。菊地さんが表紙にする濃いグレーの特別な紙にほおずりする場面が印象的だ。
12月14日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムなど全国でロードショー。(山根由起子)=朝日新聞2019年11月27日掲載
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