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「面白いだけ」でも小説は生きる力になる 月村了衛さん、自作と山田風太郎を語る 「カドブン ノベル」の新連載『白日』もスタート

文:朝宮運河 写真:有村蓮

運命の風太郎賞、決まるまでは苦しかった

――第10回山田風太郎賞の受賞、おめでとうございます。長年愛読されてきた山田風太郎の名前を冠した文学賞だけに、喜びもひとしおだったのでは?

 おっしゃるとおりです。10年前、山田風太郎賞の創設を知った時には、「自分のために賞を作ってくれたのか」と、半ば冗談で言ってたんですよ。私の小説家デビューとほぼ同時期でしたし運命を感じました。
 ところが毎年候補作発表の時期になっても連絡がこない。おかしいな、と(笑)。そうこうするうちに10年経っていました。しかし今でこそ笑って話せますが、受賞が決まるまでは正直苦しかったですね。これが山田風太郎の名を冠した賞でなければ、ここまで苦しむこともなかったと思います。

――晴れてノミネートされ、受賞が決まった時のお気持ちは。

 それはもう嬉しかったですし、ほっとしました。デビュー10年目という節目に、第10回の山田風太郎賞を受賞することができた。数奇な縁を感じます。ノミネートの連絡をいただいた時は、「もちろんお受けします」とお返事したんですが、どの作品がノミネートされたのか最初に言ってもらえなくて、思わず「で、どの作品なんですか?」と聞き返してしまいました(笑)。

――2018年から2019年は『東京輪舞』(小学館)、『悪の五輪』(講談社)、『欺す衆生』(新潮社)と新作が相次ぎましたからね

 これらは出版社こそ異なりますが、すべて昭和史を扱っていて、ひとつながりのような側面があります。ある方が「3冊合わせての受賞だと思っています」と言ってくださいまして、昭和史再発掘という一連の試みを評価してくださったのだとしたら、とても嬉しいです。

昭和の大型詐欺事件から人間の業あぶり出す

――山田風太郎賞に輝いた『欺す衆生』は、戦後最大の詐欺事件「豊田商事事件」をモチーフにした犯罪小説です。詐欺を切り口に、現代史を辿るというコンセプトはどのように生まれたのですか。

 豊田商事事件は〈劇場型犯罪〉の先駆けとなった、犯罪史に残る大事件です。公安警察を扱った『東京輪舞』、オリンピックと映画を扱った『悪の五輪』と昭和史ものを書き継いできて、3作目はこの大型詐欺事件を扱ってみようと考えました。
 当初は、もっとノンフィクション寄りの現実に即した小説にしようと考えていたんですが、それよりも詐欺によって変わってゆく人間の姿を描きたいと思うようになりました。詐欺という行為を通して、人間の業をあぶり出せないだろうかと。結果として、ほぼ狙ったとおりの作品が書けたと思います。

――主人公の隠岐は、「横田商事」の元営業マン。一度は詐欺の世界から足を洗ったものの、かつての同僚に誘われて再び〈ビジネス〉を始めるようになります。

 隠岐は私たちとそれほど変わらない、平凡な中年男です。彼が〈ビジネス〉を続けることでどう変化してゆくのか、その顛末を描いてみたかった。彼が詐欺を続けるのは、家族の生活のためです。しかし仕事に熱を入れれば入れるほど、妻子には疎んじられ、家庭での居場所を失っていく。これを読んだ男性編集者の中には「分かります……」とうなだれる人もいて(笑)。普遍的な人間像を描くことが狙いだったので、そこは達成できたのかなと思います。

――現実に起こった事件と、フィクションを巧みに重ね合わせる手法は、『警視庁草紙』など山田風太郎の「明治もの」を連想させますね。

 それは書いている途中で気がつきました。自分がやっていることは、「明治もの」に近いんだなと。風太郎だけではなく、ジェイムズ・エルロイの犯罪小説の影響もありますけどね。史実と矛盾しないぎりぎりの範囲内で、フィクションを展開するという〈縛り〉のある手法を採っています。史実とフィクションのバランスは、風太郎やエルロイを愛読する中で、自然に身についたものです。

「忍法帖」シリーズ、単語帳にメモして暗記した

――月村さんの小説作法は、山田風太郎の影響が大きいですか?

 うーん、確かに私は風太郎好きを公言していますが、フォロワーであると言ったことは一度もないんです。山田風太郎は唯一無二の天才で、真似することなど不可能。形だけ真似したとしても、出来の悪いパスティーシュかエピゴーネンにしかなりません。
 デビュー前に書いていた原稿には、明らかに風太郎のリズムや語彙が入りこんでいましたが、それはプロとして望ましいことではない。私は月村了衛という独立した作家なので、学ぶべきところは学びつつ、風太郎とは別の道を行こうと思っているんです。

――尊敬するがゆえに真似はしたくない、ということですね。ところで月村さんと風太郎作品の出会いは?

 中学の頃ですね。当時「忍法帖」シリーズが相次いで文庫化されていて、それを手に取ったのが出会いです。最初に読んだのは、忘れもしませんが『江戸忍法帖』。風太郎の文庫はカバーがエロチックなデザインの本が多くて、人前で読むのが恥ずかしかったんですが、『江戸忍法帖』は比較的穏当なデザインだったんです(笑)。読んでみるとやたらに面白くて、恥ずかしさも忘れてすぐに全巻買い揃えましたけどね。
 学生時代は「忍法帖」シリーズに登場する忍者と流派、忍法を単語帳にメモして、一生懸命暗記していました。たとえば『忍びの卍』だったら根来の虫籠右陣、甲賀の百々銭十郎とかね(笑)。さすがに今はほとんど忘れてしまいましたが、当時は全員覚えていたんですよ。

――それはすごいハマリっぷりですね(笑)。周囲に風太郎ファンはいましたか?

 通っていた学校は進学校だったせいか、娯楽小説を読んでいる人間自体がいませんでした。同級生に布教しても読んでくれないし、たまに読んでくれても「面白いだけ」と突き返されてしまう。面白すぎるから低俗に違いない、という決めつけが彼らにはあったんですね。そうした風潮は、今でも根強く残っているような気がします。エンタメに徹した作品を書くと、「面白いけど、何も残らない」と批判されてしまう。しかし「面白いだけ」の作品を書くために、作家がどれだけのテクニックを費やしているか。面白くて一気に読めたなら、それで十分じゃないかと思うんですけどね。しかも自分としてはどの作品にも十分に残るものを入れ込んでいるという自負がありますので、読後それを発見できなかった人がいたとしても、こちらが関知することではないと思います。
 個人的な経験から断言しますが、面白い物語は生きる力になるんです。「この続きを読むまでは死ねない」という思いがある限り、生きようと思うじゃないですか。現実を生きるうえで、心のよりどころになる物語があることは、どれだけ幸せか。少なくとも私は、物語によって生かされてきた、という実感があります。

物語のフォーマットを作り上げた風太郎

――「忍法帖」シリーズは、少年マンガでおなじみの〈集団バトルもの〉の元祖と言われていますよね。

 まったく前例のないところから、後の作家が活用できる物語のフォーマットを作りあげてしまった。それだけでも山田風太郎の天才性は明らかですよね。私はよく言うんですが、作家として最初にフォーマットを作りあげるほど、偉大なことはないと思うんです。
 たとえば柴田錬三郎の「眠狂四郎」シリーズは、確かに革新的な作品です。しかし戦前から続く伝奇時代小説の枠組みに、どこか縛られているところがある。山田風太郎はそうした流れから完全に自由なんですね。「忍法帖」の第1作である『甲賀忍法帖』を読み返すと、発想の大胆さにあらためて驚かされます。

――チーム戦の過程で、個性的な忍者がバタバタと命を落としてゆく。その壮絶さも「忍法帖」シリーズの特色です。

 やはり戦争体験が大きいんでしょうね。『戦中派不戦日記』などに書かれている通り、少年時代の風太郎は、戦争の愚かしさを目の当たりにした。その体験なくして、「忍法帖」のフォーマットは生まれなかっただろうなと思います。だって十人衆と十人衆が戦って、一人も生き残らないんですから。こういう救いのない展開は、なかなか思いつかないですよ。
 戦前の伝奇時代小説にも、たとえば中里介山の『大菩薩峠』のようにニヒリズムを感じさせるものはありますが、「忍法帖」に漂う無常観、虚無感は明らかに異質なものです。

――ちなみに月村さんが一番お好きな「忍法帖」は?

 先日「小説 野性時代」の受賞記念エッセイでもベスト5を選びましたが、どれか1作と言われたら『魔界転生』ですね。『魔界転生』は戦後における、伝奇時代小説の最高峰だと思います。柳生十兵衛と宮本武蔵はどちらが強かったのか、という時代小説ファンの疑問に正面から答えつつ、武蔵を剣聖として描いた吉川英治の『宮本武蔵』の極めて高度なパロディ、本歌取りにもなっている。
 それだけでも十分面白いのに、武蔵以外の敵も最強で、全編死闘に次ぐ死闘。風太郎先生もまだお若くて脂の乗りきっている時期なので、文章の気迫が凄まじいですよね。先生自身もベストに挙げておられますけど、やはり特別な作品だと思います。

風太郎との初対面で「絶体絶命の危機」

――月村ファンにはよく知られたエピソードですが、生前の山田風太郎に月村さんは一度だけお会いになっているんですよね。

 1983年、雑誌「幻想文学」のインタビュアーとして、編集長だった東雅夫さん(文芸評論家・アンソロジスト)のお供で、先生のご自宅にお邪魔しました。私は大学に入ったばかりでしたが、「山田風太郎にやたら詳しい新入生がいる」ということで、OBの東さんが声をかけてくださったんです。入学早々こんなラッキーなことがあっていいのかと思いましたね。今思い返してみると、喜びのあまり、かえって緊張はしませんでした。

――念願の初対面はどんな様子だったのですか?

 約束の時間にうかがうと、先生はまだお休みになっているということで、応接室で2、30分ほど待ちました。やがてドアが開いて、写真で見ているとおりの先生が「お待たせ」と入ってこられたんですが、ふと見ると先生のズボンのチャックが全開なんです。思わずそのまま固まってしまいまして(笑)。目を逸らしているのも失礼だし、かといって顔を上げると神々しいまでの白さが目に入るし……。あれは絶体絶命の危機でした。

――いきなりすごい事件に遭遇されたんですね(笑)。

 私には切り抜けようもない事態でしたが、年長者である東さんが恐る恐る「先生、おズボンのチャックが……」と伝えたんです。するとさすがは風太郎先生ですね、「あ、そう」と言いながら、悠々とチャックを閉じられて、風格の違いを目の当たりにしました(笑)。
 当日は当時連載中だった『八犬伝』について東さんが、「忍法帖」シリーズについて私がインタビューしました。あの頃は風太郎作品の文学的評価がまだ定まっていない時期だったんです。今日代表作とされる明治もの、日記文学などはそこまで読まれていませんでした。
 インタビューの最後に先生が、自分としては明治ものに自信を持っているけど、後世に残るのは「忍法帖」なんだろうね、と淋しそうにおっしゃった。その言葉からヒット作のシリーズをもつ作家ゆえの深い虚無感、諦念みたいなものを感じた。「そんなことはありません」と否定するのも僭越なので黙って聞いていましたが、その時の先生のお顔ははっきりと覚えています。

新作『白日』で描くのは組織の論理の中で葛藤する人間

――KADOKAWAのウェブ雑誌「カドブンノベル」では待望の新作『白日』の連載がスタートしました。一体どんな作品になるのでしょうか。

 強いてジャンルで言うなら、社会派サスペンスでしょうか。謎解きよりも、組織の論理の中で悩み、葛藤する人間の姿を描くことが中心になるでしょう。テーマとしては『欺す衆生』と響き合うような作品になると思います。

――大手出版社・千日出版が進めてきた、通信制高校の開校という新規プロジェクト。その実現を目前にある事件が起こり……というのが物語の冒頭です。教育産業を舞台にされた理由は?

 根幹にあるアイデアを一番面白く描けそうなのが教育産業だった、ということですね。連載を始めるにあたって、編集者の皆さんからお話を伺い、どんな作品を求めておられるのか検討しました。さまざまな意見が出てきた中で、こちらの琴線に触れるものを選び、手札を使ってそれに応えていく、というのが私のやり方。作品の幅は常に広げたいと思っています。

――第1回から先が気になってしょうがない展開ですが、結末はもう決まっているのですか。

 最終的な落としどころは決まっています。あとは途中をどれだけ面白くできるかですね。具体的な展開については、書きながら考えていくことになりますね。
 これは私の習性みたいなものなんですが、毎回連載の終わりについ「引き」になるシーンを作ってしまう。一番面白いところで終わらせよう、と無意識的に手が動いてしまうんですね。このあたりは山田風太郎をはじめとする娯楽小説の乱読が、血肉になっているのかなと思います。先日連載が終了した「週刊朝日」の長編(『奈落で踊れ』)では、71歳男性の読者から「週刊朝日購読開始以来こんなに夢中になった連載は初めて」と嬉しいお便りをいただきました。『白日』もぜひ楽しみにしていただければと思います。

――お話をうかがっていて、月村さんと山田風太郎は、よく似たタイプの作家だなという気がしました。読者のためにとにかく面白い小説を書くんだ、というスタンスが共通しています。

 それは自分では何とも言えませんね。「山田風太郎のここに影響を受けました」とお答えできれば簡単なんですが、それはしたくないという思いがあります。何十年か先、もし私の作品が読み継がれているとしたら、その時初めて風太郎作品との共通点が見えてくるかもしれない。現時点で言葉にできる程度の類似は、それほど大したことないんじゃないかと思うんです。
 私は月村了衛という一人の作家として、私なりの面白い小説を書いていきたい。かつては読者が共通して持っていたはずの文化に対する認識が失われ、作家にとって現代は極めて厳しい時代であると言えます。その中で自分に何ができるのか、日々自らに問いかけていきたいと思っています。

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